RT1:押し付け
次郎から話を持ちかけられてから2週間が経過した。
時折次郎が時間が空いている時に店の手伝いをしてくれるのはいいのだが、どうも腑に落ちない。
手伝った見返りにお金を渡そうとしたのだが、次郎は断った。
なんでも、お金は要らないからお前の商売を続けろと言ってきたのだ。
一郎よりも使えるので、それはそれでいいのかもしれないが、何分と怖いものがある。
いつも通り500枚の雑穀煎餅を売り切ってから商店を閉めようとしていた時であった。
かなり厳つい顔をした三人が店の前にやってきた。
黒色の学ランのような服を着ているのは、横浜の警察官であった。
店番をやっていた私に対して警察手帳を見せるとこう言ってきた。
「夕刻時に失礼する、この店に阿南豊一郎という者はおるか?」
警察官の口から私の名前が出てきたので正直言って驚いている。
なぜ私の名前が出てくるのだろうか?
どう考えても嫌な予感しかしない。
私絡みでトラブルでも起こったのだろうか?
いや、トラブルなんて起きていない。
だが警察官が来たということは私に関連したことなのだろう。
私は正直に警察官に伝える。
「私が阿南豊一郎ですが………何かあったのですか?」
「実は、お前に詐欺の容疑が掛かっている。署までご同行願おう」
「手錠を掛けられたくなければ言う通りにせぇや」
「さ、詐欺ですって?いや、私は知りませんよ!!」
詐欺の容疑なんて私は何も知らない。
そもそも人を騙そうとしたことなんて人生で一度もない。
それは転生前でも転生後でも同じだ。
嘘をつくことは嫌いだからだ。
だからそんなことは一度たりともしたことがない。
何かの間違いだ。
そうに決まっている。
警察官たちは私を囲むようにして横浜の警察署に連行していく。
周囲の人の目が辛い。
これじゃあ明らかに私が何か悪いことをしたんだと見せびらかしているようなものじゃないか。
まだこれだとパトカーの後部座席に載せられたほうがマシだ。
座っているだけでいいし、顔を見られることもない。
それがこの状況では、完全に私は悪者のように見えてしまう。
「ほら、はよう歩け。こっちに付いてこい」
警察署に到着すると、私は取調室へと連行された。
夕方ということもあってか薄暗い上に、ジメジメと湿気が籠っている。
比較的新しく建てられた筈の建物だが、どうもこのカビが繁殖したような臭いは嫌いだ。
椅子に座らされると、私は警察官たちから事情聴取を受けることになった。
あるはずもない詐欺という罪状容疑が掛けられている。
間もなく、取調べ室に入ってきた警察官の一人から椅子に座るように命じられ、私は椅子に座ってまずは警察官の話を聞くことにした。
「まぁ………阿南豊一郎で名前間違いないな?」
「はい、私が阿南豊一郎です………えっと………」
「ああ、言わんでもええ…お前がやったことは俺たちもお見通しや。私文書偽造に詐欺行為…普通に証拠もあるから一発で実刑や、裁判せんでも分かるわ」
私文書偽造に詐欺行為…?
いや、私はそんな事をした覚えはない。
何かの間違いではないだろうか?
私は抗議して警察官に反論をした。
「待ってください、私文書偽造と詐欺行為に関する証拠があるのなら是非とも私に見せて貰えませんか?私には身に覚えがないのです…」
「ほう、まだまだ若いのに随分と口を叩くのだな…いいだろう、おまえの印鑑が使われた取引書類とそれに伴う被害届を出した先方の会社から提出された書類だ。これを見ても身に覚えがないと言えるのか?」
前にいる警察官は自信満々に証拠の取引書類と、被害届を出した会社から提出された書類を目の前にガンと叩きつけるように提示した。
叩きつけた衝撃で書類が破かれないか心配だったが、幸いにも紙が丈夫だったので破れなかった。
取引書類は、穀類に関する取引が行われていると記されている。
そば粉や稗、粟などの雑穀類……合計440キロの取引に合意したとされる書類だ。
こんな大取引をした記憶はないし、そもそも私は取引をしているのは行きつけの米屋だけだ。
私はやっていないといえるのだが、信じられないことに取引書類には確かに私の名前と日常的に使っている認印が押されているのだ。
こんな書類にサインも認印も押した記憶もない。
さらにもっと悪いのが被害届を出した会社の書類だ。
この会社の書類には、私のサインと認印が押されている上に、会社役員が取引に合意したことを示しているものだ。
誰かが私の名前と印鑑を使って勝手に取引したのだろうか…。
可能性としてはあの馬鹿兄弟しかいない。
一郎か次郎のどちらかが取引を勝手にやって私を嵌めたのだろう。
何という事だ。
認印が私のでなければ無実を証明できるのだが、この書類の印を見る限り私のが使われている。
おまけに書類には『雑穀煎餅の専売特許の譲渡に同意する』という信じられない事まで書かれていた。
警察官にやっていないと伝えても証拠があるのにいい加減に認めろと怒鳴られる。
こうして、私は暗い取調室で警察官の恫喝まがいの聴取を受けていたのであった…。




