プロローグ:オワリ
はじめに
・小説を書いていくうちにストーリーに綻びが生じてしまった為、第二章にあたる阿南家から分岐した内容を描くことになりました。
それまでの章には(旧)と書いてありますので、以後よろしくお願いいたします。
……◇……
西暦202X年8月10日…。
私にとって、今日は普段と変わりない日になるはずだった…。
今日の出来事がゆっくりと頭の中で浮かんでいく。
朝から今までに経験したことがないぐらいに…とてもとても暑い日だった。
午前8時の時点で気温が30度を上回っており、クーラーを付けないと熱中症になってしまう程の猛烈な暑さ…そんな危険な温度に達している茨城県O市では、最中航空自衛隊が導入したF-35Aステルス戦闘機が百里基地に配備されたので、それを見ようと県内外から大勢の人が連日のように押し寄せていた。
道路は渋滞しており、まだ朝の7時だというのにご丁寧なことである。
しかし、私が良く使っている通勤の道が渋滞を起こしてしまい、始業時間に到着できるかどうか微妙な時間帯となっている。
できる事なら休日に配備してくれ…。
そんなことを思いながら主要幹線道路から迂回路の農道を車を走らせて30分ほどで会社の駐車場に到着し、車のエンジンを切ってから職場へと向かった。
【羽場亜食品新商品開発部】
この会社に勤続してもう20年以上になる。
昨年に耐震工事を行って以来、床や壁が綺麗になって今年入ったばかりの新入社員のやる気も上がってきていた。
会社の主力商品は「スナック菓子」で、ここ数年のお菓子ブームにあやかって会社の様々な商品をこの開発部の皆で作ってきた。
シュガートースト風味の駄菓子は女性社員が積極的に商品アイディアを出してくれたおかげで「スイーツ女子」向けにヒットし、開発部の社員に一律50万円もの臨時ボーナスが振り込まれる程に売れた。
売れたといえば袋から開けた瞬間に納豆風味のねばねばが弾丸のように容赦なく炸裂する「弾丸納豆」がジョーク・嫌がらせ行為目的で動画投稿サイトにアップロードされるや否、注文が殺到して在庫が空になったので再生産をしようとした所、警察や市民団体から苦情が沢山寄せられた為、あえなく生産中止となってしまった。
失敗を恐れずに常に色々なアイディアを出して報告せよ、それが社長の口癖だ。
今もそれは変わっていない。
タイムカードを打刻してロッカールームの中に私の着ていたスーツの上着を置いてから、綺麗に洗濯された白衣を身に纏う。
時刻は午前8時27分、出勤3分前だ…。
ギリギリセーフだ。
すでに私以外の他の社員は出勤しており、私が最後のようだった。
研究室に入ると同時に社員のみんなに挨拶を行う。
「みなさん、おはようございます」
「おはようございます主任!」
「おはようございます!」
「おはようございます…」
社員が元気よく挨拶を行い、早速新商品の開発に着手していた。
その商品は正式名までは決めていないが、今後の方針を決める為の試作品まで開発が進んでいる代物だった。
虫歯予防の為の甘いガムといえば分かりやすいだろう。虫歯予防の為に保健機能食品としてキシリトールが配合されたガムが有名だが、キシリトール入りのガムでは苦味やお腹を下しやすいといった難点があり、それらを極力排除し歯磨きを怠りやすい年齢層へ的を絞った菓子だ。
「健康維持ガム(仮称)」というありきたりな仮の名前を与えられたガムを作り、それを部下たちと共に食べたりして配合量を調整したり、効果の検証などをしていた。
「…カルシウムの配合量を多めにしたのがA…このAに対して目標としている数値に達しているかどうかだな、まずは成分をしっかりと…」
ズギィィィン!!!
資料を見ながらガムの調合をしていた私を襲ったのは激しい頭痛であった。
今までに経験したことがないほどの激痛。
まるで包丁を頭に突き刺したかのような猛烈な痛みが頭全体を襲い、調合用の精密機械と共に床に倒れ込む。
ガシャーンと精密機械が床に叩き付けられてる音を聞いて駆け付けた社員が必死に私の事を叫んでいる声が聞こえる。
「主任!!!大丈夫ですか!!!しっかりしてください!!!」
「誰か!!!病院に連絡を!!!それと救急車呼んで来い!!!」
…が、直ぐに視界が暗転し意識を失った。
……■……
どれだけの時間が経過したのか定かではない。
気が付けば今現在…私は黒塗りになった視界と無音の空間に投げ込まれているのを察したのだ。
目を開けている筈なのに…何も見えないのだ。
耳を澄ましても無音…耳鳴りすら起きない。
声を出そうと思っても声が出ない。
これはいわゆる【死んだ】直後の世界なのだろうか?
三途の川すら見えないから、脳が幻覚を見せる前に私は急死したんだろう。
意識を失う直前に襲った激しい頭痛…もしかしたら脳梗塞かもしれない。
私が死んだとしたら家はどうなるんだろうか?
誰かに住んでもらえればいいのだが…私には妻や子供はいない。
両親は私が中学生を卒業する前に他界している上に、兄弟はおらず独身…つまり私の代で家系図は途絶えるのだろう。
親戚が土地の相続をしてくれればそれでいい。
従兄弟なら相続してくれるかもしれない。
従兄弟は若いころにアイドルになって、ブラジル人の嫁さんを貰って娘さんと仲良く都内で暮らしている筈だ、土地や家については従兄弟にくれてやることにしておこう。
さて…私はこのまま無に等しい空間を永遠と彷徨うのだろうか?
それだけは勘弁願いたいものだ。
私はせめて…誰かに愛される経験をしてから死にたかった。
40歳を過ぎて人生の折り返し地点に立っていた私なら中年向けの婚活パーティーにでも参加すればよかった。
いや、もっと人の役に立つ人生を歩んで行けたらよかったかもしれない、誰かを助け支え合う…簡単なようで難しい事を…自分の意志で積極的にやっていれば私の人生は無意味なものではなかったと思えるかもしれない。
敵をなぎ倒す無敵のヒーローでなくても良い、映画の主役でなくてもチョイ役の脇役でいい、どこかで、だれかの役に立つような人間に…私はなりたかった。
私にそうした知識が技能を持っていれば…こうして死んでから後悔することもなかったかもしれない。
もし、神様とやらがいるのであれば…もう一度、私の人生をやり直す機会を与えてほしい。
私は祈った。
死んでからそんな無茶な願いなんて聞き入れて貰えないだろう。
第一に神様はいるのだろうか、この黒塗りの空間に…。
空間を見渡すと、一つだけ…青白く光る何かがこちらに向かってきた。
ゆっくりと、私の目の前までやってくると光の形が変化していく。
光は人に近い形状に変化していくが、人間の姿ではない。
光の影響で色や細部まではハッキリとは見えないが、顔がまるで…西洋の神話に登場する龍のような顔をしている生物が手を差し伸べてきたのだ。
彼…いや性別不明の「龍」としておこう、龍は私を何処かに連れて行ってくれるようだ。
この龍は神様なのだろうか?
それは判らない…。
だが、私には龍の差し伸べてくれている手を握るべきなのだと想い、手を握った。
その瞬間に身体が何処か遠くの場所に引っ張られていく。
引っ張られているのと同時に目の前にいた龍の光が視界を真っ白に染め上げるほどに強く発光し、黒塗りの空間が白くなるのと同時に再び意識を失ったのであった。