レギオンドール
一部キーワードを変更。
『ようこそ、『Monster Seeds』の世界へ』
前方から聞こえてくる無機質な声にオレはゆっくりと瞼を開ける。
同時に視界に映り込んできたのは、真っ白な世界の中央で椅子に座る一体の人形。
果てが無いように思えるほどに広大な世界の中でポツンと存在するそれは奇妙な光景だ。
『どうぞお座りください』
唖然と立ち尽くすオレに椅子に座る人形が椅子を指さす。
機械を思わせないような流れるような動きに驚きつつ頷き、椅子に腰かけた。
すると人形は湯気の上がる紅茶をオレの前に差し出しながら話し出す。
『登録ナンバー 0037564、秋野 曉様で間違いありませんか?』
「ああ、間違いない」
『……脳波、音声共に一致。本人であると確認しました。
では改めまして、私はチュートリアル担当モンスター レギオンドールです。
よろしくお願い致します』
「こちらこそよろしく頼む」
チュートリアル担当モンスター……ここまでモンスターとは。
しかもおそらく中に人が入っていないNPC、さらに詳しく言えばAIだろう。
今ままでのVRゲームでチュートリアルまでAIが使われているとは聞いたことが無い。
(人気になるだけあってかなり作り込まれてるな)
オレは期待を膨らませながら、レギオンドールの話に耳を傾ける。
『ではキャラメイクから開始します。
『Monster Seeds』内でのプレイヤーネームはどうなさいますか?』
「プレイヤーネームか。そうだな……ダスクで頼む」
オレは中二病でも無いしが、変な名前を付けて遊ぶのも恥ずかしいと思う人間だ。
かと言ってかっこよすぎるのもなんだか嫌だ。
ダスクの意味は黄昏。名前の対義語を英訳しただけ。
オレにしては気の利いた名前だと思う。
『では次に、『Monster Seeds』内でのアバターの容姿を設定してください』
すると机の横に等身大の人形がホログラムが現れ、手元に設定用のタブレットが出現した。
これでアバターを作れと言いているのだろうが。
「レギオンドール、『Monster Seeds』ではプレイヤーはモンスターなんだろう?
こんなアバターを作る必要はあるのか?」
『場合によっては必要になります。
例えばセイレーンやヴァンパイアなどの高位な人型モンスターや、スキルの【人化】を使った際にはアバターの容姿が適用されます。
作らなくても可能ですが、その場合ですと容姿はランダムとなりますがよろしいですか?』
「ああ、ランダムにしてくれ。
どうせアバターの容姿も目や髪の色を変えるぐらいだしな」
どうせ自分の姿など確認することなど滅多にないのだ。
どんな容姿になっても気にすることは無いだろう。
『それでは『Monster Seeds』における『スキル&熟練度制』について説明させてもらいます』
オレ自身はあまりゲーム自体をしない方だ。
加えてプレイしたゲームは全て育成ゲームだった、なので今回の『スキル&熟練度制』と言うのも初めて聞いた。
聞き逃してもネットで調べれば出てくるだろうが、出来るだけ聞き逃さないようにしなければ。
『『スキル&熟練度制』ではレベルが存在せず、スキルの熟練度を上げることによってステータスや能力が上昇します。
例えば、【片手剣】では武器で片手剣を使うことで熟練度が溜まります。
そして熟練度が5まで溜まると、【片手剣 5】となり筋力+50の効果が発動し、ステータスが上昇します。熟練度は100でカンストです。』
「へぇ、カンストするとどうなるんだ?」
『スキルによってさまざまです。
より上位のスキルに変化するもの、特に何も起こらないもの、後はカンストしなくても起こりますが別のスキルと組み合わさって新たなスキルに変化する場合もあります』
スキルをカンストさせた後も、スキルによってはさらにその先があるとなると種類は膨大な数になりそうだ。
確かにスキルの豊富さについてはかなり噂になっていたが間違いないだろう。
『ですがスキルの熟練度には制限があります。
モンスターによってそれぞれキャパシティーが決められており、すべてのスキルの熟練度の合計がそのキャパシティーを上回る事はありません』
「キャパシティーが10なら【片手剣】は10までしか上がらないってことか」
『その通りです』
思っていたよりシビアのようだ。
(試行錯誤してやっていけと言う事だな)
オレは紅茶を啜りながら自分のやりたい事を考える。
……まぁ、結局は自分のなるモンスター次第なのだろう。
『ですがスキルには二つ例外的なものがあります。
一つはモンスターの種族ごとに会得できる『種族スキル』。
そしてもう一つは、『Monster Seeds』の大きな要素である『固有スキル』です』
『固有スキル』、自分だけのスキルだろう。
正直ピンとこないが、同じく『固有スキル』の存在をしったプレイヤー達が狂喜乱舞しているのが目に見えるようだ。
自分だけのスキルなどテンションが上がらない訳が無い。
『説明は不要かもしれませんが、『固有スキル』とはそれぞれのプレイヤーが持つオリジナルのスキルです。
似たスキルはあるかもしれませんが、全く同じスキルは一つとしてありません』
思った通りのスキルのようだ。
「それは熟練度は存在するのか?」
『いいえ、ですが『固有スキル』は進化します』
……進化?
どういう事だ?
『基本的な能力は変わりません、しかしモンスターの進化に合わせて『固有スキル』も進化するのです。
もともとの能力が強化されたり、新たな効果が発現したりとどうなるかは私にもわかりません』
「……でもそれは、場合によって反則的な『固有スキル』にもなる可能性もあるんじゃないか?」
運よく一人だけチートのような『固有スキル』を得てしまったら、それこそゲームバランスが崩れてしまう。
ここまで技術と金がつぎ込まれているのだ、『Monster Seeds』にとっても都合が悪いはずだ。
誰でも考えつく当たり前の疑問。
しかし、その疑問に顔の無いレギオンドールが微かに笑ったような雰囲気をかもし出す。
『確かにチートのような反則的な『固有スキル』が生み出されるかもしれません。
しかし、逆に言えば誰にでも行動やそのパーソナルから反則的な『固有スキル』を生み出せるのです。
この『Monster Seeds』ではゲームバランスは考えられていません。
なんと言おうと、行動次第で何者にもなれる実力主義のゲームなのですから』
……なるほど割り切っているのか。
だが面白い、ここまで煽られると俄然やる気が出るというものだ。
『疑問にはお答えできましたか?』
「ああ、問題ない。ありがとう」
『いえ、では『固有スキル』の選択に移ります』
レギオンドールはそう言いながら、どこからか22枚のカードを取り出した。
詳しくは知らないがそのカードにはどこか見覚えがある。
(確かタロットカードのはず)
カードの数からしても間違いはないだろう。
『これはタロットカード、別の呼び方で言えば大アルカナとも言います。
『固有スキル』の能力は今から引いてもらったアルカナに関係した能力となります、よろしいですか?』
「ついでに引き直しは?」
『できません』
まぁ、あたりまえだな。
とは言っても、タロットの意味なんて知らないのでやり直しようがないが。
『ではよろしいでしょうか?』
「ああ、いつでもいいぞ」
返事をすると、レギオンドールの手元にあったカードが高速でシャッフルされ、表が見えないように空中に並ぶ。
ここから選べと言う事なのだろう。
普通なら迷うところだろうが、どうせ見えないのだから勘でいいだろう。
オレはあまり考えることなく真正面……ど真ん中に浮かぶカードをつかみ取る。
「これは……戦車か?」
意味は何だったか……思い出せない。
ログアウトした後に調べるとしよう。
『あ、いい忘れましたが選んだアルカナは『固有スキル』とは別で貴方のステータスとなります。
お気をつけください』
「……おい、チュートリアル担当が言い忘れるなよ」
『チュートリアル担当でもあり、モンスターですのでご容赦ください』
なんだか初めに比べて話し方がフレンドリーになっている気がする。
まぁ別にいいのだが。
『では最後にモンスターについて説明させていただきます』
「あれ? 先に脳波なんかから割り出されたモンスターは教えてもらえないのか?」
『はい、アバターであるモンスターはチュートリアルが終わった後、自身でお確かめください。
チュートリアルで自身のモンスターについて文句を言われても困りますので』
「ああ、なるほど」
確かに自身の脳波なんかから選び出されたモンスターがゴブリンだったりしたら、文句を言う人が出てきそうだ。
『Monster Seeds』側もそれでチュートリアルに居座り続けられるのは困るのだろう。
『では、説明させていただきます。
モンスターはそれぞれ種族が多岐に分かれています。
「アンデット」や「スライム」、「ゴーレム」から「巨人」などと様々です。
私の場合は、レギオンドールなので名前通り「人形」種となります』
「へぇ、オレ達プレイヤーもそのどれかに属するモンスターになるわけか」
『その通りです。
ですが例外として、混合種が存在します。
いわゆる二つ以上の種族が混じったハイブリッドですが、これは進化することでしかなることが出来ません』
混合種も含めればかなりの数の種類が存在しそうだ。
『そして、一番の要素である存在進化ですが……『Monster Seeds』では進化先を自身で選ぶことはできません』
「どういうことだ?」
『進化先は『固有スキル』や脳波から選ばれたモンスター……『適正モンスター』と同様に行動やパーソナルから選び出されるのです』
どうやら思っていた以上にハードなようだ。
進化先が選べないのはかなりきついと言っていいだろう。
『そして一番大事なことですが……モンスターには共通して弱点があります』
(これはオレにも分かる)
ファンタジー系のゲームならお約束な弱点だ。
「魔石か?」
『そうです、正確に言えば魔核といいます。
モンスターはプレイヤーや下位AI共に関係なく魔核を砕かれると死に絶えます』
「へぇ、死ぬとどうなるんだ?」
『デスペナルティは持っていたアイテムのランダムロストと経験値減少、ステータスの弱体化です。
普通のモンスターはドロップアイテムを残して塵となります』
思っていた以上に軽い……のか?
きつそうなのはアイテムのランダムロストぐらいだろう。
(モンスターだし、アイテムもそれほど持っていないだろうしな)
『基本的な説明はここまでです。
他の情報は『Monster Seeds』内で探してください』
「ああ、ありがと」
『いえ、では最後にスキルを会得できるスキル株を三つにスキル外システムのアイテムボックスを付加します。アイテムボックスはアイテムを意識すればどこからも入れることも出すことも可能です』
レギオンドールはそう言いながら残っていたタロットカードを纏めて空中にしまい込んだ。
どうやら先ほどまでの出し入れは、運営としての機能ではなくアイテムボックスだったようだ。
オレも試しに飲み切った紅茶のカップを出し入れする。
『ステータスやログアウトは『メニュー』から選択可能です。
『メニュー』も同じく意識すれば表示されるのでチュートリアル終了後確認してください』
「今は意識しても使えないんだな」
『ステータスを見られて、暴れられても困るので……』
よくわからないが、オレの知らないところで苦労しているようだ。
『では最後に何か質問はございますか?』
あまり思いつくような質問はない。
しかし、質問に答えてくれるのはこのチュートリアル以外ではしばらく無いだろう。
そんなオレは唐突に思い浮かんだ質問をぶつけてみることにした。
「モンスターとして強くなるにはどうすればいいんだ?」
『……申し訳ありませんが、私はチュート「いや、チュートリアル担当だが、モンスターでもあるんだろ?」……』
一本取った。
AI相手に何を言っているんだと言われそうではあるが、結構嬉しいものである。
オレはニヤリと笑いながら固まるレギオンドールを見つめる。
『そうですね、ではモンスターとしての先輩として質問です。
貴方は『Monster Seeds』で何をしたいと考えていますか?』
「え? そうだな……どこかに籠って生産か『嘘ですね』……」
『『Monster Seeds』では脳波を常に観測していることをお忘れですか?』
……そうだった。
確か、ゲームのシステムと健康管理の為という理由で利用規約に書いてあった気がする。
固まるオレに今度はレギオンドールが笑っているような雰囲気をかもし出す。
『申し訳ありません。
ですが適正モンスターというのは存在そのものがプレイヤーにとってやりたい事であり、その欲望のまま行動するのが強くなるための要因です。
まぁ、私の場合は『沢山の景色を見たい』という願望がレギオンという分裂に近い存在進化へとつながった訳ですが……。
先ほどの質問の答えになりましたか?』
「……ああ、ありがとう」
オレは笑いながら頷く。
やはりチュートリアルで時々感じてはいたがレギオンドールは皮肉屋のようだ。
そんなレギオンドールは木で出来た体で指を鳴らす。
するとオレの背後には『Monster Seeds』の世界へとつながるであろう歪んだ景色を映し出すゲートが現れていた。
『ではこれでチュートリアルは終了となります。
後ろのゲートから出ればゲームスタートです』
「ありがとう、世話になったな」
そんなオレにレギオンドールは優雅に礼をする。
オレは椅子から立ち上がりゲートへと向い歩き出した。
そしてゲートを潜った瞬間、ゲーム開始と同様に意識が沈んでいくような感覚に陥る。
そんなオレの耳は微かにだが後ろから聞こえる無機質な声を聞きとっていた。
『行ってらっしゃいませダスク様。
貴方のモンスターとしての人生に幸福を。
『Monster Seeds』は貴方の……本性のままに生きるモンスターを歓迎します』
その声を聞きながらオレは思う。
そういえば紅葉にも一つ嘘をついていたな……と。
オレはあいつの言っていたとおり、別に生産活動をしたいわけでも好きなわけでもない。
そう、オレは……
「PKをしたい。モンスターとして人間を殺したい。オレは……オレ自身の力を戦う事で確かめたいんだ」
さぁ、次回から人間&モンスター纏めてぶっ殺だぞ(^_-)-☆