1-57.緑の記憶
突然予想斜め上の事を言われ困惑していると、前方からの圧力を感じる程の思考イメージがボクの脳に入り込んで来た。あまりの衝撃に蹈鞴を踏むが何とか堪える。
(((言葉だけでは不足でしょう。)))
イメージの流入が始まると視界が捻じれ、眼の前に居た筈の熊達が遠くへ流れて行く。身体が後方へ引っ張られる感覚に、動いているのは熊達では無くボクの方だと悟った。
どんどんと遠ざかる光景に比例して視界の端から闇が伸び、細かな無数の線が流れ出す。後ろに引っ張られていた筈だが、落ちている様にも、上っている様にも感じ初めた。
(((貴方にこれからお見せしますのはアルヴィエールの大森林の成り立ち、その道程でございます。それは、それは遥かなる時を遡りし先――。)))
闇に流れる白い線が速度を落とした。車に酔った様な感覚に僅かな懐かしさを覚えた瞬間、急に視界一面が白に染まる。あまりの眩しさに、反射的に身を縮めて瞼をきつく閉じた。瞼越しにも感じる光の強さが、次第に和らいだのが分かって目を開くと、眼下には一面の緑が広がって居るのが見えた。森だ。遠くには大きく弧を描く地平線が見える。
まるで成層圏から地球を眺めている様な光景に一瞬目を奪われたのも束の間、視界の端から突然現れた巨大な何かが高速で通り過ぎて行った。
(((――それは神話の時代。)))
遠ざかって行く程にそれが何で有ったか理解出来た。
赤く身を焦がし、煙を吹き上げながら地表へ落ちて行くあれはとても大きな隕石だった。
進むに連れその体積を削り小さくなっては居るが、あのまま落ちれば地上には深刻なダメージが残るだろう。想像通り、隕石は大地に突き刺さりその余波が土砂と炎煙を巻き上げ巨大なクレーターを生み出した。美しさを讃えた緑の大地は見る影もなく、めくれ上がった岩盤が落下地点から放射状に折り重なって壮大な岩壁を形成している。細かな隕石の破片が雨の様に降り注ぎ、痛々しく被害を拡大させている。視界の端に光が見えた。
目をやると同じ様な隕石が他にも四つ、この星に突き刺さらんと落下を始めている。こんな規模の隕石がいくつも落ちれば、この惑星の生命は遠からず死滅するだろう。脳裏に浮かぶ最悪な状況をなぞる様に一つ、また一つと隕石が落ちて行く。
どこかで空気を切り裂く咆哮が上がった。
(((神々の行いが”シンなる龍”の逆鱗に触れたのです。)))
海を割り、大地すらも砕きながら現れた巨大な怪物が天に吠えていた。蛇の様な長い首をもたげて眼下を睨む”シンなる龍”が口から熱線を放ち大地を焼く。各所では大地や海から生える巨大な蛇の様な身体が見て取れた。恐らく全てあの竜の一部なのだろう。身を捩るだけで大国が簡単に滅ぶ程の絶望的な長大さだ。
大地を焼き、雄叫びが鳴り止む事はない。途端に視界が、いや目に映っていた惑星がぐるぐると高速回転を始めた。
(((それからまた幾星霜の時が流れ、一つの星が落ちた跡には新たな生命が芽吹きました。)))
回転した惑星はゆっくりと動きを止めて、ひとつ目の隕石が形作った巨大なクレーター、その地表を映し出す。そこには既に新たな木々が生い茂り、外周の岸壁は山と成り新たな生命の方舟として蘇っていた。ここがつまり――。
(((その地は後にアルヴィエールと呼ばれる事となる大森林でした。)))
視界は森へと近づき、木々はざわざわと不自然な動きを見せる。どうやら早送り中らしい。速度は次第に等倍に戻り、一頭の獣をクローズアップした場面を映し出す。
(((さらに時は流れ、森には一頭の熊が生まれました。薄桃色の毛皮をした雌の小熊です。)))
その子熊は低く飛び跳ねて頭上を舞う蝶を捕まえようと前足をばたつかせていたが、ひらりと身を交わす羽根を捕まえる事は出来ない。近くの川では親熊と思われる茶色の毛皮が魚を獲っていた。突如ずずん、と地鳴りが響き小熊が飛び跳ねる。慌てて親熊の下へ駆けて行ったが、既の所で立ち止まり方向を変えて音の下へと向かい始めた。小さな四肢を懸命に動かして辿り着いたそこには、親熊よりも幾らも大きな緑色の鱗をしたドラゴンが横たわっていた。どうやら翼に怪我を負っているようだった。
(((この小さな熊と緑の竜との出会いが、すべての始まりだったのです。)))
場面は飛び、張り付け巫女の声に合わせてダイジェストの様に切り替わる。
(((小熊は甲斐甲斐しく怪我をした緑の竜を介抱しました。傷に効く植物を運び、獲物を分け与えたのです。親熊や他の熊は関わろうとはしませんでしたが、甲斐甲斐しく竜の世話をやく小熊に感化され、次第に種族を上げて緑の竜に尽くしました。その甲斐もあって竜は見る見る回復し、もはや羽ばたきを遮るものはありません。緑の竜はいたく感謝し、彼らの守護となったのです。そして、小熊と竜は友人となりました。)))
そこから幸せそうに戯れる小熊とドラゴンの姿や、凶暴な獣から小熊を守るドラゴンの姿、一緒に狩りをしたり、他の獣と友好を築く場面などが続いて行く。ドラゴンは熊達との交流を通じ、次第に森全体の調停者としての役割を担って行ったようだった。月日が流れても薄桃色の毛皮を着た小熊はドラゴンの側を離れず、常に傍らに要る姿からは特別なものを感じずには居られない。
(((しかし、そんな日々も長くは続きませんでした。)))
場面が変わると突如地面が裂け、砕け、割れ始めた。裂け目から何かが吹き出すのが見える。それに触れた獣がぐつぐつと膨れて弾け飛んだ。
(((突如大地が裂け、吹き出したそれは、もはや”瘴気”と呼ぶに相応しいほど高濃度の魔素でした。森の下には地脈から魔素が流れ出る源泉があったのです。遥か昔に落ちた星が地脈に大穴を開け、際限なく流れ出した魔素が今吹き出し始めたのでした。それは、ただの獣であった我ら森の命には毒だったのです。)))
森の各所では地面が沈み、刻一刻と被害が広がって行く。落ちた獣や樹木は”瘴気”に触れて跡形も無く消滅してしまった。
隕石が広げたと言う大穴が、やがて全てを飲み込んでしまうだろう事は容易に想像がついた。だが――。
(((全ての命が絶望した時、身を挺したのは緑の竜でした。)))
森の中心、奇跡的に残っていた大地には熊達が居た。もちろんあの小熊もだ。薄桃色の小熊は成体になっていた。
(((緑の竜は大地の裂け目に飛び込み、全ての力を振り絞り自らを巨大な樹木へと変化させていったのです。伸びた枝が地面を縫い止め、崩落を防いだのです。)))
中心から伸びた太い根の様な枝は見る見る広がり、森を囲む山々まで続いた。陥没し崩落しかけた大地は動きを止め、ぎちぎちと寄り集まって穴を塞いだ。
森の中心には見上げても見上げても先が見えないほど大きな木がそびえ立っていた。集まった獣達の誰もが、それが緑の竜である事を疑いはしない。緑の竜が身を挺して森を救ったのだ。だが、それもほんの束の間の事だった。
周囲の獣達がばたばたと倒れ始めた。
(((巨木へと変化した緑の竜は、地脈から溢れる膨大な瘴気をその身に吸収し続けましたが、その巨大な体躯を持ってしても吸収し切れなかったのです。瘴気を吸収した傍から、地上へ抜けてしまう。これでは、折角我が身を犠牲にした緑の竜が報われない。薄桃色の彼女は緑の竜に提案し懇願しました。我が身を傍に、と。)))
伏した獣達が起き上がり顔を上げる。そこには巨木に取り込まれた薄桃色の熊が居た。
(((薄桃色の彼女は言いました。緑の竜が吸い上げた瘴気を無害な魔素に変え、地上に返す役目を負ったのだと。それ以来――――。)))
今代の巫女が何か言いかけた瞬間、視界が急激に遠退き始めた。
――うわ!?なんなん――……ぅぐっ!?
急な頭痛に伏せた目を開くと、そこは巨木の前だった。頭にイメージを流し込まれる前に居た場所だ。周囲が慌ただしい。
頭を振って視線を投げると今代の巫女の前に黒熊達が集まっていた。
『今代様!?』
『やはりお加減が……!』
『ええい何をしている!跳ね橋を上げろ!』
黒熊の一頭が脇に有ったらしいクランクを回すと上部から垂れた縄がぴんと張られ、行き止まり部分の下部から木製の足場がせり上がって来た。……なんでこんな設備がこんな所に有るんだ……?こいつらそれ程頭が良いのだろうか。そう言えば行きも人工物らしい物を見た事を思い出した。
そうこうしている内に跳ね橋が上がり切ったようで、我先にと群がる黒熊達を躱して次期の方の巫女が今代の巫女に駆け寄る。
『今代様!』
(((……サクラ。大丈夫ですよ。少しはりきりすぎてしまったようです。)))
『おばあさま……。後はわたしに任せて、少しお休みになってくださいませ。』
(((けれど……いえ、そうですね。お言葉に甘えようかしら。)))
『はい、お任せください。しっかりとお役目を果たして見せます。』
(((……では、後は任せます。――白き地竜よ、申し訳ございませんが後の説明は我が孫、次代の緑の巫女からお聞きください。)))
「あ、はい。」
おっと素で、”人語”で返してしまった。けれど特に問題無さそうだ。
次代の巫女サクラと他の熊が今代の巫女の傍を離れるとクランクが回り、跳ね橋が下がって行く。同時に脇に退いていた幾つかの大きな木の根が蠢き、再び今代の巫女を覆い隠した。
幾つかの指示を他の熊に出し終えたらしいサクラが振り返り、口を開く。
『それでは参りましょう。』
『移動するんか?』
『こちらでは今代様の眠りを妨げてしまいますから。』
巫女サクラが歩き出す。後ろにはゴウワンと別の黒熊が一体両脇を固めていた。ボクはその後ろをすごすごと付いて行く。振り向き様に大樹を見ると残った黒熊達が慌ただしげに動き出していた。
石積みの階段を降りて少し歩いた所で急に視界が変わった。驚いて「おふっ。」と声が漏れたが、どうやらまたワープしたらしい。びっくりするから予告しておいて欲しいものだ。
先を行く熊一行の脇には焚き火が有って、それを囲む様に丸太を加工した長椅子が並んでいる。少し奥には大きめな布張りのテントが幾つか建っていた。その中でも一際大きなテントに向かっている様だ。
――これ、行きに見た集落か?
見回しても似た様な風景でいまいち良く分からない。ミニマップもワールドマップも機能して無いし、言い知れぬ不安が湧いてくる。現在地が分からない事がここまで不安を掻き立てて来るとは……。
『入れ。』
声にはっとして見ると、大きなテントの前で入り口の布を押し上げて待っている黒熊の姿が有った。面識のない方の熊だ。名前は”健脚”と言うらしい。ステータスを見れば素早い動きを得意とする事が分かる。やっぱりこいつらの名付けは特技に由来するのか。
頭を下げつつケンキャクの脇を通ってテントの中へお邪魔する。
中は薄暗かったが、天井から吊るされている幾つかの石が光を放っていて、それ程不自由はしなさそうな明るさを保っていた。”白光石”と言う鉱石らしい。
サクラはテントの中程で既に腰を下ろしており、ゴウワンと後ろからボクを追い越したケンキャクが揃ってサクラの手前、両脇に揃って腰を下ろした。サクラに『こちらへ。』と促され、護衛二体の少し手前でボクもそれに習う。
驚いた事にどこかの民族っぽい模様の絨毯が敷かれている。テント内を見回しても、普通にヒトが住んでいてもおかしく無いレベルで物が充実している。編み篭だったり壺だったり、他の敷物や鉄製の食器類、文明レベルは低い物のここは確かに誰かが生活する為の場所だと思えた。違和感が無さ過ぎて逆に違和感が凄い。
『森は今危機に瀕しています。』
あ、この住居の説明はしてくんないのね。おけ。ボクはきょろきょろと見回していた視線を巫女に向ける。
『あなたも見られたでしょう。この森が如何にして今の形を保っているかを。』
『はぁ、まあ。』
崩壊しかけた大地を緑の竜が木に変化する事で食い止めた。おおよそそう言う理解で問題ないと思う。
『我ら”守護の一族”は代々、巫女が緑の竜と一体となって地下から溢れ出る瘴気を無毒化し、地上へ還元する事を主だった役目としています。そして、緑の竜が身を挺して守った森の秩序を保つべく全体を監視し、調停を行って来たのです。』
森の調停者、それが巫女か。だから事有る毎にサクラが現れ仲裁に入っていた訳か。森で喧嘩が起きる度に止めに入る風紀委員見たいなものだろう。……いや待て、そんな治安維持機構が有るならヒトの集落の全滅やキノコ女の存在にも対処出来たんじゃ?それにボク自身死にかけた事は何度も有るし、二匹目の熊が襲って来るまで巫女の存在を知らずに居た。……調停者、機能してるのか……?
『調停って具体的に何をしてんの?ヒト様の殺し合いに一々茶々入れてるって訳でも無いんやろ?』
『……はい。本来わたし達は、”血肉の掟”に従い獣同士の戦いには手を出しません。』
『それ前にも聞いたな。何なん?”ちにくのおきて”って。』
『……え?』
『馬鹿な!』
『やはり此奴は獣ではないのだ!』
ボクの問いを聞いた途端、サクラは困惑の声を上げ、ケンキャクとゴウワンは半ば立ち上がり爪を、牙を剥き出しにして怒りを顕にした。
何故急に敵意を剥き出しにされたかは分からないが、反射的にボクも身を起こし臨戦態勢を取る。
『おいおいおいおい、何のつもりだテメーら!』
『それはこちらの台詞だ!』
『貴様いったい何者だ!ヒト種が化けておるのではあるまいな!』
『なんやねん意味がわからんぞ!』
『ふたりとも落ち着きなさい!白き地竜、あなたもです!』
『しかしサクラ――。』
『黙って!お話し合いの最中ですよ!』
難癖をつけられて一触即発の中、サクラがボクらの間に入り宥めすかす。鼻息荒く息巻いていた二体も従わずには居れないのか、不承不承と言った風に爪を戻し乱暴に腰を下ろした。
それを見てボクも渋々爪を引っ込めて腰を下ろしたが、警戒は解けない。またいつ襲いかかられるか分かったものでは無いからな。
ボクに背を向けていたサクラもひとつ嘆息し元の位置へと戻る。
『彼らの無礼、誠に申し訳ございません、白き地竜よ。』
『なんやねんこいつら……。巫女さん、説明してくれ。』
『はい、もちろん。……あの、本当に”血肉の掟”がわからないのですね?』
『そう言うてるやろ?』
『わかりました。……”血肉の掟”と言うのは、えっと、どう言えばいいか……そう、簡単に言うと”命のやり取りを阻害してはならない”と言う事、でしょうか。』
なんだかあやふやな物言いだな。
『我ら獣の世界において、命のやり取りと言うのは常に傍らに有るものです。強き者が弱き者を喰らう。それが当たり前で、生かすも殺すも勝者が決める事。その決定を他の者が勝手に変える事は許されない。そこに疑問を持つ者は居ないのです。それが”血肉の掟”。全ての獣は生まれながらにその事を理解している。それこそ己が血に、己が肉に刻み込まれている、そう言うものなのです。ですが、あなたにはそれがない。それが我々には信じられないのです。』
『そんなん言われても、無いもんはないしなぁ。』
それに目の前の熊達のステータスにも、今まで喰らって来た獣や魔獣達のステータスにもそんな記述は一切無かった。
『獣であるならば、熊でも、狼でも、鹿でも、竜でも、知恵が有っても無くてもそれは変わらないのです。故にあなたの特異性には驚きを隠せません。』
『サクラ、我らの範疇にない者がここに居る事は許されない。今直ぐ殺してしまうべきだ!』
『許しません!それに、あなたは一度負けたでしょう。”血肉の掟”に反し、彼の慈悲によって生かされたあなたが何を言うのです。』
『ぐっ……それは、しかし。』
『ではサクラ。このケンキャクが相手をすれば良いと言う事ですね?』
『良いわけ無いでしょう!?ゴウワンより弱いあなたが彼に敵うはずもありませんし、何故私が掟に反した命乞いを行ったか少しは考えなさい!』
『むぅ……。』
なんだか穏やかじゃない内輪揉めが始まったが、やはりサクラが一枚上手の様だ。
しかしボクは何を見せられているのだろうか。なんだか途端に冷めて来た。ここに来た当初の神秘感や過去映像を脳にダイレクトに見せられた時の興奮が潮が引く様に消えて行く。
『もう帰って良いかな?』
『駄目です!』
声を荒げたサクラが膝を突きつつもはあはあと肩を落とす、さながらニンゲンの様な様を見てると、とてもキグルミ感が増すな。
『ふたりは今後一言でも喋ったら叩き出します。』
『っ……。』
『……。』
『よろしい。それでは、白き地竜が何故掟を知らないかは後で考える事とします。本題に戻ってもよろしいですね?』
『あっはい。』
息を整えたサクラが真面目な顔で話し出す。いや、熊の表情なんてわからんけども。
読んで頂きありがとうございますm(_ _)m
んんんんん行きたいとこまで行けなかったあああああああああああん、はい。
ひとまず8月更新が叶ったということで良しとします。
という訳でやっとこさ神話の一部を描写できる所まで来ました。もう少しで一章も中盤に差し掛かれると思います。ここまで長かった……まだ先は長い……最後まで書ききれる様がんばります。
お陰様でカクヨム版もちょっとずつ閲覧数増えてます。毎日投稿のお陰ですかね。
それでもなろうとはやっぱり数の増え方が違うなと言うのが正直なところですね。おとなしめと言うか。それでもフォローしてくださる方も居て、大変嬉しい限りです。リアクションが有るとがんばれますよね。
さて次回は9月更新が目標です。
森の”守護の一族”次期巫女サクラの告げる本題とは。外へ出た子供達一行の動向は。
書けたら良いな。まて次回!




