1-41.あまりにも簡単に
ちょっと重い回です。ご注意をば。
サッカーボールよりは小振りなそれが分かたれて直ぐに地面を跳ね、弧を描いて森の中へ落ちた。勢いで背後へ転がって行ったそれの持ち主だった物は力無く地面に伏しているが、時折ぴく、ぴく、と微痙攣をしている様だ。断面から赤い物が溢れて血溜まりを作っている。
その場に居る全員が息を呑んだ。それはボクも一緒だった。自分の余りにも冷静な思考に戸惑いつつも、棚に上げて標的を見据える。ボクの視線を浴びた盗賊達の肩が僅かに跳ねた。それでも一人の盗賊が負けじと声を荒げた。
「ふ、ふざけんじゃねえ!やっちまえ!」
ボクはすっ、と息を吸って駆け出す。大きく五歩程跳ねて、手にした無骨な長剣を構えて居た盗賊の目の前に飛び込み、そのまま下から振り上げた右腕を叩き込むと面白い様に跳ね上がった。振り上げざまに奴の柔い肌に引っかかった爪も、奴の腹から鼻の当たりまでを軽々引き裂いて見せる。奴は人間族だった。
跳ね飛んだ盗賊が地面に落ちる前に即座、側に居たもう一人を左手で勢い良く撫でる。振り上げる形で肩から入った硬い掌が、勢いも止まず横っ面ごと振り向いた。当の盗賊は顔の穴という穴から液体を撒き散らしながらくるくると飛んで行く。小気味良く骨が砕ける音がしたので、恐らく立てはしないだろう。そこで、あ、そうだ、と思い出す。荷馬車を出しっぱなしで万一被害が出るのもアレなので、と軽く荷馬車に触れ”無限収納”に収納した。これで良し。少し離れた所で何かが落ちた音がした。
消えた荷馬車の陰に二人の盗賊が見えた。二人共人間族だ。間髪入れずに踏み出して、”突進”スキルを使い頭からぶつかって見る。盗賊の一人を弾いたが、近くに有った樹木にぶつかって戻って来たので身体を捻って”尾撃”を食らわせる。べきべきと言う音と共に、飛んだ先に居たもう一人の盗賊へ飛んでぶつかる。
仲間がぶつかって倒れこんだ盗賊が、上に乗って邪魔そうな仲間の身体をどかそうとしているので、ボクは一つ跳んで軽めに威力調整した”ストンプ”で踏み潰した。後三人。
一番近くにいた馬上で「ば、馬鹿な……。」と呟く盗賊のリーダー、ドドンに視線を向けると、その脇から大柄には似合わない犬耳が付いた狼人族と言う種族の亜人が大剣片手に前に出てきた。
「俺がやる。ひ弱な人間族には荷が重いだろう。」
「ルビユ。……やれるのか?」
「ただし生け捕りは無理だ。全力で殺す。かまわんよな?」
「……仕方ねえ。こうなったら奴の素材で帳尻を合わせるしかねえな。」
大柄のワーウルフ、ルビユが大剣を肩に担いで構えを取った。見た目は厳ついが、ステータス値はボクよりずっと低い。万が一もないだろうけど、油断する理由にも成らないだろう。……いや、一つ試して見るか。
警戒しつつ穏やかな歩みで一歩、また一歩と近付く。奴はまだ動かない。ボクが、恐らく奴の大剣の間合いに入った辺りで大きく上段からの斬撃が振って来た。確かに凄まじい剣戟だ、とヒトの身体でなら思っただろう。
「なにっ!?」
がいんっ、と鈍い音が皮膚越しに伝わって来た。ボクは敢えてルビユの上段斬りを躱さなかったのだ。
奴の大剣は真っ直ぐボクの首根と左肩に叩きつけられたが、その大剣に拠る斬撃はボクの皮膚を裂く事も骨を砕く事も出来なかった。HPも少し削れた程度で、これなら何撃食らっても問題に成らないだろう。
思えばいつもボクの敵は森の魔獣達で、外の人類の相手はして来なかった。リリアナとだってまともな切合をした事は無いのだ。故にこれは良い機会。滅多に出会えない外の者達にボクと言う魔獣がどれ程通用するのか試すチャンスだったのだ。
その点このルビユと言うワーウルフはレベル30でレベルこそリーダーのドドンに劣るが、そのステータス値はこの盗賊の中で一番強いと言っても過言では無いだろう。そんなルビユでもボクの肌に傷を付ける事は叶わなかったと言う事実。彼が外の人類の平均ならば、大概の者はボクの驚異には成りえないという事だ。しかしながら、痛いのは痛い。鉄の固まりでぶん殴られたのだから当然だが、それでも傷が付かないというのは凄い事だろう。
そんな実験結果をもたらしてくれたルビユに感謝の念を込めて力一杯の”噛みつき”をプレゼント。
大きく顎を開き、首を伸ばして奴の首元に目一杯の力を込めて噛み付いた。……が力を込め過ぎて肉を噛み千切ってしまった。一息に殺して上げるつもりだったのに、これでは逆に苦しませてしまう。声に成らない悲鳴を上げながら首元を抑えて倒れ込むルビユの顔面に向けて”角射出”を撃ち込んだ。どうやら一撃で死に至った様だ。良かった良かった。
顔を上げると、ケットシーのトンズラがその名の通り、入り口トンネルへ向かって逃げていたので、もう片方の腕に”装填”した”角射出”を放つ。弾丸たる角は見事背中に命中して、トンズラは橋の上で倒れ臥した。さて、残り一人。
「随分と舐めた真似してくれたじゃねえか……!」
声の方に首を向けると、馬上から降りたドドンが外套を脱ぎ去ってマチェットの様な剣を向けて来ていた。
「この俺を誰だと思って居やがる!世に名を馳せた大盗賊――。」
どん!と周囲に轟音が響き、胸から上が焼き爛れたドドンがその場に崩れ落ちた。音に怯えたドドンの馬が身を翻してダンジョン前広場の方向へ走り去ってしまう。
――うっわ、ヒトに”火球射出”当てるとこんなんなるんか……ぐっろ……。
なんだか実の無い話で長くなりそうだったので、左腕に”装填”した”火球射出”で終わらせたのだが、生身のヒト相手には些か威力が強すぎた様だ。”弾”が鼻っ柱に命中した結果、ドドンの上顎は完全に消失してインターネット黎明期に流行したグロ画像の様な有様で、なんだか申し訳ない気持ちになってくる。ご、ごめんね。
――……それにしても、なぁ……。
荷馬車を盗もうとした盗賊はこれで討伐し終えた。途端、棚に上げたそれが再燃する。
前々から公言はしていた。敵対すれば容赦はしない。それを実行したに過ぎ無い現状。それに対する、疑問。
ボクは今、ヒトを殺した。いつもと同じ様に、他の魔獣にやるのと同じ様に殺したのだ。だと言うのに、何故だろう。何故こんなにも――。
――何も感じん……。
口では大層な事を言っている自覚は有ったが、実際ヒトを殺すなら、もっとこう、何か感じると思っていたんだ。
罪悪感とか、嫌悪感とか、猜疑心とか。それこそ始めてヒトの肉を、骨を、内臓を、血を喰らったあの時の様に、何かしらの負の感情に苛まれるのだと思っていた。
だが実際、驚く程簡単にヒトを殺した。始めのあの細身のケットシーの首を撥ねた時、驚く程心に波が立たなかったのだ。
いや、何も感じないならそれに越した事は無い。やるべき事をそのタイミングでこなせるという事だから。だが、そんな自分の冷静さに納得が行かない。そんなに簡単に割り切れる物なのか?殺人だぞ?
それとも、ボクはもう心の底から魔獣に成ってしまったのだろうか。だからヒトを殺しても心が傷まないのか?なら、なら――。
――子供達を殺しても、ボクの心は動かん……?
恐ろしい考えが頭を埋め尽くす。何より恐ろしいのは、頭の隅に確かに有る「そんな試せないよね。」と言う冷静な自分。
試す、って何やねん。ふざけんな!そんな事を思ってしまう自分が恐ろしい。ボクは一体、何に成ったんだ……?ボクと言う生物は、このまま生きていて良いのだろうか……?
《構わない。》
――……ナビィ?
不意に姿の無いナビィが声を発した。
《あなたはあなたとして、この世界に有るべき権利が有る。》
――……で、でもやで?もしボクがこのまま成長して、人類にとってより大きな脅威になったら……?どうなるかなんて……。
《関係無い。あなたがどう言う道を歩もうが、誰にも阻まれる謂れは無い。》
――違う、そう言う事じゃ、そう言う事じゃないんや。
《何を躊躇うの?あなたの恐れは理解出来る。私はあなたのこれまでを全て理解している。》
――全て……?な、なら分かるやろ?俺がどんな奴か、どんな人間か。
《わかる。その上で断言出来る。この世界であなたは誰よりも自由で有ると。》
――自由……?
《あなたは自由。あなたは――エラー。これ以上は権限が無い。》
また権限……ナビィは何を言いたいんだろう。
《信じて、今の私には伝えられ無い。けれどあなたは自由な存在。どの様な蔑みにも、どの様な逆境にも、あなたは打ち勝てる。》
「そんな、そんな訳無いやろ!!俺を知ってたらそんな事言われへん!」
気持ちが高ぶって、堪らず声に成る。
「俺は、何も、何も出来ん。クズ。社会不適合者。無能のゴミ。俺に、生きる価値なんて……。」
《……前世では確かにそうだった。あなたは何も出来ない、しようとしない、社会不適合と称されるに値する存在だった。》
「やっぱり、やっぱりボクなんかが転生するべきじゃ無かったんや……。」
『それは違う。』
姿を消していたナビィが四頭身アバターで目の前に現れる。
「なにが違ゃうねん!?ボクなんて必要無いクズ人間やろ!?どこでも!誰にとっても!ほんなら――。」
『思い出して。ここは地球では無い。日本では無い。あなたは、人間では無い。』
「そんなもん関係有るかよ!どこに居ても、なんだろうとボクは――。」
『違う。前世であなたを縛っていた物は何一つこの世界には無い。あなたは何にも縛られ無い。この世界では。この生では。』
「わからん、お前が何を言ってるのか、わからんよぉ……。」
堪らず溢れる水滴が煩わしい。お呼びじゃないんだよ。
『あなたは自分に縛られている。あなたはあなたを開放して上げるべき。』
「ボクを……?」
『あなたと言う存在は、前世から何も変わら無い。変わっては居ない。変わったのは環境。忘れないで。』
未だにナビィの言いたい事の真意はわからないままだけど、何かがすっと心に入った気がした。
頭が混乱してまだ何がなんだかわからないけれど、これだけは分かる。
「……えっと、ナビィ。」
『なに。』
「……ありがとうな。」
『……構わない。』
流れた涙は地面に吸い込まれて行く内に、目の前の天使が少し微笑んだ気がした。
◇◇◇◇◇ ◇◇◇◇◇ ◇◇◇◇◇
ナビィに慰められて、今は少し気恥ずかしい。彼女は今、空気を読んでくれたのか姿を消してくれている。《呼んでいるのは思考。》とか聞こえた気がするけどきっと気の所為だそうだそうに違いない。
《気の所為では――。》
――もうやめて!
それは兎も角、今はこの惨状をどうするかの方が大事だ。うんうん。
トンズラの言に拠ればもう直ぐリリアナとルーリエが帰って来るだろう。この状況を見られたらどう思われるか、想像に難くない。辺りを見回しながらそう考えていると、一つ気付いた。トンズラが居ない。奴が倒れていた橋の上から消えているのだ。
橋には血の跡がトンネル方向へ続いている。逃げられてしまった様だ。あんな図体でも猫なんだなぁと変に感心してしまう。兎も角この場を片付けなければ。そう思って身を翻し、橋を戻りきった辺りで背後から音がして来た。蹄の音がトンネルに反響している。ま、まずい。
そう思ってまず何から片付ければ、とあたふたしている内に蹄音はすぐ背後まで来てしまった。
「やぁっと着いたです。」
「シロ殿、お待たせしたな。……ん?どうかされ――。」
確認するまでも無く、彼女達だった。
恐る恐る背後を振り返るって見ると、案の定馬上のリリアナが周囲を認めている最中。観念して、事情を話して分かって貰おうと口を開きかけた時、先んじたのはリリアナだった。
「これは、もしや盗賊共か?」
「……死体だらけでやがるです。」
「盗賊って、こいつらの事知っとるんか?」
まさかの言葉に思わず聞き返す。
「ああ。実は帰りが遅くなったのもそれが原因でして。」
「どゆ事?」
リリアナの話に拠ると、どうやらこの辺りでリリアナ達を付け狙う盗賊の目撃談が有ったらしい。始まりは馬を買い付けに近くの都市へ買い物に行った時だそうで、高価な馬やらなにやらを買い付けた金持ち女二人組に目を付けた盗賊の噂を、今日馬を取りに行った村で聞かされたのだそうだ。もしかしたら買い付けの帰りに目を付けられたのかも知れないそうだ。村人が言うには、この数日見覚えの無い男共が近辺で目撃されていたらしく、二人は巡回がてら周囲を見て回っていたのだそうだ。その最中に複数の盗賊の襲撃を受けて撃退していた為、帰るのが遅れたのだと言う。
「奴らの馬と金品を引き換えに、生き残った盗賊や死体は村の者に頼んでダリア城下まで運んで貰える事になった。」
「お陰で無駄な労力を使ってしまったです。」
「それでシロ殿、こ奴らはあなたが?」
「うっ、ま、まあ、そうかな。放っといたら荷馬車盗まれる所やったし、仕方なくね。」
そこまで言って、ルーリエが噛み付いて来ない事に気付いた。彼女なら絶対ボクの人殺しを咎めて来ると思っていたのだが。そう言う意味の籠もった視線に気付いたのか、ルーリエが面白く無さそうに言った。
「……何もわたしだって、悪党を殺すなとは言わないです。」
こいつは驚いた。そりゃあ当然の事だが、彼女から人殺しの肯定意見が出た事に驚きを隠せない。いや、こんな世界だ。現代日本の様に頭お花畑で居る方がどうかしているのだろう。その後の彼女の言葉曰く「無辜の民に手をかける様な蛮行は咎められるべきですが、自ら悪事を働く者達を擁護はしないです。」「だからと言って、ヒトの肉を喰らう魔獣も受け入れがたいですけどね!」との事。
なんだか、無駄に心配していた様で、こう言っては何だが、安心した。
その後盗賊の死体を片付けている時にリリアナから盗賊の死体や身柄を専門の機関に届ければ恩賞が出るがどうするか、と聞かれたが、それは辞退する。ボクにとっては幾ばくかの金銭よりこいつらのスキルや得られる経験値の方が美味しいのだ。ルーリエには白い目で見られたが、こればっかりは譲れないね。それに未だにこの世界のお金に関しては教えて貰ってないので、それも已む無しだろう。
荷馬車に繋がれた二匹の馬だが、彼女らが買って来た馬と違って普通の動物だそうで、ずっとは連れて行け無いけれど道中の街で売って来てくれるそうなのでこのまま任せてしまおう。なんでも、”ハイウェイ”と呼ばれる高速道路の様な道を思いっきり走ると、普通の馬は付いてこれないのそうだ。難儀だね。
そんなこんなで彼女らの馬を荷馬車に繋ぎ、リリアナの仲間の死体を荷台に積み込んだ。その際、彼女が調達したボロ布に一体ずつ包む事になった。十数人分有る死体はスペースの問題で全てを平場に並べられない。それ故重ねる必要が有るのだが、そのままではどうにも忍び無いからだと言う。臭い対策にもなると言うし、ボクも異論は無いので黙々と手を動かして、ようやく全てを積み込む事が出来た。
「ではシロ殿、行ってくるよ。」
「おう。頑張ってや。」
「わたし達が居ない間に魔力操作の訓練を怠るんじゃないですよ?」
「わかってる。帰って来たら皆で驚ろかしたるで。」
「ふんっ、期待しておいてやるです!」
「ははは、じゃあ行くか。子供たちにもよろしく頼みます。」
「お土産楽しみにしておくです!」
「おう。行ってらっしゃい。」
御者台に乗ったリリアナが手綱を振るって馬車が動き出した。がたがたと車輪が回る音がここに居ても聞こえてくる。荷台にスペースが無い為、ルーリエは”空飛ぶ箒”に跨って荷馬車に並走している。リリアナの隣に座れば良いのにと呟いたら、顔を真赤にして憤慨していた。女はわからん。
徐々に遠くなる彼女達の背中が見えなくなるまで見届けて、ボクも帰路についた。
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