1-27.魔力の暴走
声の方へと視線を向けると、そこには先程まで一緒に居た女冒険者二人が立っていた。なんでこいつらがここに……?どうやら森を迷わず歩く為の、何らかの手段が有るのはほぼ確定的のようだ。
「子供?何故こんな所に……。」
「あんたら何でここに……いや、それはええわ。今は構ってられへんから――。」
「その子、どうしたです?」
兎に角今は余裕がない、お帰り願おうと声を上げるボクを遮ってルーリエがルーデリアを抱きかかえて跪くユーライカの下へ歩みを進めた。「あ、おい!」と言うボクの制止も無視して腰を下げ、ルーデリアの頬や首筋、額などに手を当ててなにやら確認をしているようだった。ルーリエのそんな様子にユーライカを始め他の子も不安気な表情を作っている。
「シ、シロ様。この方々は一体……?」
「……魔力過多ですね。魔石は持ってないのですか?」
堪らず声を上げたユーライカに答える前に、ルーリエがルーデリアの症状を看破してみせた。何故、と思ったのも一瞬。そう言えば彼女は高位の魔術師だとリリアナが先程言っていたのを思い出して、ならば不思議ではないのかと思い直した。
ユーライカやアリーも驚いた様子だが、どうしたら良いのかわからないのかボクと彼女に視線を往復させている。
「……魔石は無いし、魔術も使えん。正直どうしたらええか……。」
「仕方ないですね、貸しです。」
貸し?そう言って腰に付けていたらしい口の大きな腰袋に手を突っ込んで、何やら彼女の拳二つ分程の大きさの、鈍く透明で荒削りな鉱石を一つ取り出した。”鑑定”の結果それが空の状態の魔石で有ると知る。
ルーリエがその魔石をルーデリアの額に押し当てると、鈍く透明だった魔石が次第に白く染まり始めた。魔石の白さが濃さを増すに連れ、ルーデリアの顔色も平時のそれに戻って行き、乱れた息も穏やかな物へと変わって行った。
ルーデリアのステータスを見ても”魔力過多”状態を脱した事が確認できた。よ、良かった……。
「こんなものですね。」
「凄い……。」
「いしきれい。」
「だね。」
「……ああ良かった、ルーデリア……。」
魔力を余剰分も含めてMPゲージ半分程まで吸った辺りで、ルーリエは魔石を離した。その光景にアリーが感嘆し、クロとエトが呑気な感想を呟いて、ユーライカが心底と言った様子で息を吐いた。
これでルーデリアは一安心だ。けれどまだ全ての不安要素を取り除けた訳では無い。
「ルーリエ、悪いけどそっちの二人も頼めへんか。」
「はぁ?どの子です。」
アリーとクロを指して二人も発症している事を告げると、ルーリエは直ぐ様別の魔石を取り出して二人の首筋に魔石を当てて魔力を吸い始めた。程なく、魔石が僅かに黄色と黒に染まった辺りで二人の症状も消えたようで、頬に僅かに染まった朱も成りを潜めた。アリーは自分も魔力過多状態だった事驚いた様だったが、自分の魔力が吸い出される光景に目を奪われていた。一方クロは始めこそ魔石の冷たさに驚いていたようだけど、魔力を吸われている間「むずむずする。」と身体をくねらせていた。作業が終わった後余程嫌な感覚だったのか、ボクに駆け寄って足にしがみついた。どんな感覚だったのだろう。
「満足です?」
三人の魔力の入った魔石を仕舞い終えたルーリエが此方に向かいこれでもかとドヤ顔してくる。ぬぅ、良く見たら可愛い顔してやがる。
「ああ、助かった。ありがとう。」
「な、なんですか。魔獣が素直に感謝するとは、気持ち悪いですね。」
「こらルーリエ!」
「いや、助かったのはほんまやし、そこまで恥知らずとちゃうわ。」
「ま、まあ?これで貸しひとつ、いや貸しみっつです。覚えておくです!」
「覚えとく。」
確かに感謝はしているが、こいつはマウント取らないと気が済まんのか。
「ルーリエ……まあ、地竜殿が納得しているのなら構わないか。それで地竜殿、この子達は?」
「ん?うーん……ユーライカ。」
彼女らは出自が少し特殊なので、あけすけに話しちゃってもいいのかわからない。なので、ユーライカに目配せして判断を委ねた。彼女もそれを察したのか、少し俯き気味に逡巡し、顔を上げた。
「子供達を救って頂きましたし、私からお話致します。……私達は、シロ様に救って頂いた元奴隷なのです――。」
「――そして、今に至ります。」
少ししてユーライカがあらましを話し終えた。途中ボクを過剰に褒め称えるシーンが入った所以外は概ね正しく伝わっていると思う。ちなみにそのシーンではボクを転生者とは呼ばず”神格者”とか神の如く称えるワードに置き換わっていたのは、ボクに気を使った結果だろうか。
「話はわかった。なんだ、その……大変、だったな。」
「いえ、シロ様と出会う事が出来た私達は幸運でした。」
「……にわかには信じられない部分もあったですが、概ね把握したです。しかし、”神格者”、ですか……。」
なんだか下の方から馬鹿にしたような視線が刺さる。違うっつーに。
「いや、あながち間違っていないのではないか?むしろ私は合点が行った心地だ。」
「私にはただの不細工なトカゲにしか見えないです。特異個体なのは間違いないですが、その域まで達しているとはとても――。」
「お言葉ですが。」
確かにボクは不細工な蜥蜴の自負はあるけれど、酷い言い様である。なんて内心むっとしていると、言葉を遮ってユーライカが言葉を発した。
「お二人には窮地を救って頂いた御恩が有ります。しかし、だからと言って我らの主に対するその物言いは看過出来ません。」
「そうです。確かにシロ様は魔獣ですが、そこまで悪しざまに言われる筋合いは無いと存じます。」
「……シロさま、ぶさいくちがう。シロさまきれい。つよい。」
「わ、悪口はいけないとおもいます!」
ユーライカに続いて他の子も擁護し始めた。これまで余り庇われる、しかも好意的にそうされた経験が無かったのでどうも気恥ずかしい。ちなみにルーデリアはまだ眠ったままだ。
「な、なんですか!強いのもあなた達を保護した行いも認めざるを得ないですが、こいつは魔獣ですよ!」
「こいつ……?」
「ルーリエ、お前いい加減――。」
瞬間ふわり、と風を感じた。なんだ?と辺りを見回すが何かが風を起こしている様子はない。
《警告。》
――は?
唐突にナビィから警告が入る。咄嗟にニミマップを確認したがこれと言って変化もない。
《個体名:ユーライカの魔力的暴走を検知。このままでは危険。》
「――撤回しなさい。」
はっとしてユーライカに視線を向ける。彼女以外の者も周囲の異変に気づいたようで困惑しているようだ。ルーリエが慌てて声を上げた。
「ちょ!?わ、わかったです!ですから落ち着くで――。」
「撤回しろ!!」
途端、ユーライカを中心にごう、と激しい風が吹き荒れた。子供達の悲鳴が響くが、僅かに体勢を崩したり尻餅をつく程度で収まっていた。
悲鳴を聞いてユーライカ自身もはっとしたようで、自分を中心に起きている異変を自覚したようだ。
「な、なに、これ……?」
驚愕の瞳で辺りを見回すその顔には明らかな恐怖と戸惑いが映っていた。これは、ナビィの警告通りまずい事になっているのだと嫌が負うにも理解する。
「ルーリエ、何だこれは!どうなってる!」
「魔力が暴走しているです……!このままじゃまずいですっ。」
「おい、どうすればええんや!」
吹き荒ぶ風に抗って脚を動かし、ルーリエらの下まで行く。これが魔力の暴走なら、魔術に長けた魔術師であるルーリエが対処法を知っている事に期待しているのだ。
「とにかく落ち着かせるです、心の平穏以外に止めようがないのです。」
「魔石は使えんのか?」
「ろくに近づけないこんな状況じゃ無理です!」
ふざけんなよお前!と叫んでしまいたくなるが今はそんな事をしている場合ではない。
「近づければええんやったら、魔石よこせ。俺がやる。」
「魔力操作は出来るですかっ。」
「出来ん。」
「じゃあ無理ですっ、石を当てるだけじゃ駄目なのです。」
「ああくそっ、もういい!」
埒が明かないと見切りをつけて再びユーライカに目を向ける。AR表示のHPもMPもどんどん目減りして行っているし、風の勢いも徐々に増しているようだ。時間がない。彼女自身も身動きが出来ないらしかった。
全身に力を込め風をかく。足の爪を地面に食い込ませながら、風圧を押しのけ大股で近づく。何とか彼女の下まで辿り着き、爪を食い込ませないように注意しながら両の肩を掴んだ。
「シロ、様……。」
「ユーライカ、落ち着け。大丈夫やから。」
「で、でも、シロ様ぁ……身体が言う事を聞きません。」
彼女にも制御できないらしい、まさに暴走って感じだな。言うてる場合か。
「ユーライカ……ユーライカ。大丈夫、大丈夫やから……。」
「シロ様、私……。」
「ユーライカ!」
まずい、HPとMPがもう二割を切った。
「だ、だめ、駄目です、わたし、もう……いっそ、シロ、様。」
「ふざけんな!おい、おいユーライカ!こっち見ろ!こっちや!見ろ!!」
「シ、ロ……さ……。」
ユーライカの瞳の焦点が外れて、何かが消えてしまいそうな……。ふざけんな、こんな簡単に、俺の前から居なくなるなよ!!
肩を掴んでいた両の手を彼女の頬に添えた。身体が僅かに浮遊感を覚えたが、脚爪を踏ん張ってなんとか堪える。
「目の前に、お前の眼の前に居るのは誰や!よく見ろ!」
「っ……シロ、様で、……っ!」
「そうや!お前の、お前のシロが目の前に居る!だから大丈夫や!そうやろ!?」
「……シロさま……。」
「お前のシロは、お前を助けられないような弱い奴か?」
「ち、がいます……シロ様は……。」
「せや、せやろ?なら、分かるな?シロが目の前に居るんやから、お前は大丈夫や、そうやろ?な?」
「は……はい。そのとおりです。何も、恐れる必要は、ないっ……。」
僅かに風の勢いが落ちてきた。ステータスゲージは残り一割を切った。
「そうや。俺が、ボクが大丈夫やって言うんやから、お前は何も心配すんな。」
「はい、はいっ……シロ様……私は、大丈夫……。」
僅かに浮かんだ身体も落ち、ユーライカの姿勢も崩れ始めたので右腕を腰に回して支える。風がだんだんと収まり、ステータスゲージの減少も完全に止まったようだ。
「何も心配せんでええから、おやすみ、ユーライカ。」
「……わかり、ました……おやすみ、なさい、シロ様……。」
「……おやすみ。」
そう言って、彼女は眠りに落ちた頃には、周囲は完全に落ち着きを取り戻していた。
周囲を見回して、皆の無事を確認する。
「皆大丈夫か?」
「は、はい~……。」
見ていない間に皆結構飛ばされていたみたいで、少し離れた木の陰からよろよろと顔を覗かせた。木の根元に寝かせていたルーデリアはリリアナが無事を確保していてくれたようだ。全員の無事を確認して、やっとこさ息を吐く事が出来た。つ、つかれた……。ユーライカをそっと地面へ下ろす。
「シロ様、ユーライカは大丈夫でしょうか……?」
「ユーライカ……。」
「大丈夫や、今んとこはな。間一髪やったけど何とか踏ん張っとるよ。」
「かんい……?」
「ギリギリセーフって事……余計わからんか。まあ、心配せんでもええよ、うん。」
「ぎりぎりせーふ。」
他の子もユーライカを心配そうに見つめているが、危機は去ったと知らせる。昏睡者を二人も出してしまったんだ、今日はもうベースへ帰るべきだな。
――……しかし、子供らの魔力問題は思った以上に深刻やな……どうにかせんと、また同じ事を繰り返す羽目になるし、せめてどうにかして魔術の事を勉強できれば……。
「はぁ……ひどい目にあったです。」
「っ、こんの……っ!」
ごちん、と言う音が思考を遮る。なんだ?と目をやるとリリアナにげんこつを食らったようで、ルーリエが頭を抱えて転げている。
「馬鹿やろう!誰のせいだと思っているんだ!」
「ぐのおおおおおおお……な、なにするですか!」
「うるさい!魔力の使い方も知らない子を煽って暴走を引き起こしたのはお前だろう!何だその言い草は、流石に目に余るぞ!」
「うっ……そ、それは……。」
どうやらまた口の悪さが出たようだ。確かに元を正せばこいつの口の悪さが原因と言えなくもない。ルーリエはユーライカと同じ歳なのに内面が幼すぎる気がする。年齢の割に見た目と比例している内面性の持ち主、と言うべきだろうか。これじゃあ先程助けてくれた恩もちゃらになりそうな勢い……そうだ。良い事思いついた。
「なあ、ルーリエよ。」
「な、なんです?」
びくりと肩をふるわせ此方を見るルーリエに、ボクは努めて冷淡に言葉を続けた。
「お前には三人助けてもらったけど、今度は全員の命を危険にさらしてくれたなぁ?」
「それ、は……。」
「さっきの借り三つは当然チャラやわな。」
「そ、そうですね。」
「んで今度はこっちに貸しが三つ出来た訳や。」
「は、はあ!?何言って――。」
「ボクとエト、それからユーライカの分で貸し三つ、こっちの頼み聞いてくれたらチャラにしたるで?」
「……なんですか、頼みって。」
「なぁに、簡単な事よ。」
此方に不審の色を乗せた三白眼を向ける彼女を見下ろしながら、ボクはにやりと牙を見せた。
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