1-24.とある女冒険者の再来
今回主人公視点ではありません。
翌朝、私達は朝食を終え七時にはジャシタリアの街を後にした。
「おお、おぉおぉおぉぉぉぉおぉおお!?」
「うるさいです!」
「無理を言うな!こんな、こんな脚が、ああああ。」
「ちゃんと低い所を飛んであげてるじゃないですか!”鉄の血”の名が泣くですよ!」
「泣かせておけそんな物!」
私達は現在、ジャシタリアの北側からアルヴィエール大森林へ向け進んでいた。いや、正確には私は運ばれていると言うのが正しいかも知れない。本来アルヴィエールに行く為の最短ルートはジャシタリア東からシャルドネリオ伯爵領の領境を進み、関所を超えるのが良いとされているが、北側からの方が魔素の流れが良いとルーリエが言ったためこの道を選んだのだが、問題はそこではない。交通手段だ。
脚が、地面へ付かない事がこれほど不安を掻き立てられるとは思っていなかった。今、私の明日地面から一メートル程の中空をぶらぶらと揺れていた。同時に今まで感じた事のない浮遊感に加え、安定しない座席。いや、これを座席と呼んではいけないと思う。
「折角”空飛ぶ箒”に乗せてあげていると言うのに、もっと感動して然るべきですよ!」
「これを乗るとは言わない!ああ、あああ回るっ、回り始めたぞ!」
「もっと上手くバランス取りやがれです!」
”空飛ぶ箒”。
魔術師だけが操る術を持つと言う、文字通りの飛行するほうきだ。王都や公都に有る魔術学院の学生や、その卒業生に師事している魔術師見習いなどが操ると聞いた事が有るが、そもそもこれは豊富な魔素が存在する土地でしか用を成さないそうだ。燃費が悪い為普段使いが出来ないと”鉄の牙”の魔術師団員がぼやいていたのを思い出す。
そう、高位の魔術師であるルーリエはその”空飛ぶ箒”を自在に操り、グレートフットホースに匹敵する速度で移動する事が出来るようだった。私達はそれに乗って移動している。
しかしこの箒、基本的に術者一人で乗るための物だ。二人で乗る物もあるそうだが、操縦がより難しくなるんだとか。多分に漏れず、ルーリエの箒も一人乗りだ。では、私は何処に乗っているか。答えは単純、箒後部へ大きな布を括り付けて作った揺り籠状の座席に座らされている、それが今の私の状態だ。
高速で移動している箒において私は縦に面積が広いので、風を一身に受けて非常に具合の悪い体勢を強いられている。慣れない空の移動に加え、不安定で自由の利かない姿勢での飛行に、恐怖を覚える私を誰が責められよう。道を曲がる度に大きく揺れるんだぞ。地面が恋しい。
「もっと高く飛べればもっと早く付けるです!あなたも冒険者なら根性見せるですよ!」
「怖い物は怖い!!」
「そんな勇ましさはいらないです!後言っておきますがそんなに早く飛んでないですからね!」
「私は騙されない!」
絶対単独のグレートフットホースより早いだろ。絶対そうだ。
因みに風を切る音がうるさくて会話する際は二人共大声である。そろそろ喉も痛くなってきた。踏んだり蹴ったりだ。箒で移動なんてもう二度としたくない。
それでも”空飛ぶ箒”での移動の速さは本物だったようで、比較的森の程近くにある村で宿を取って一泊し、翌日の十時を過ぎた頃にはアルヴィエール大森林の入り口を見上げていた。前日は余裕を持って日暮れ前には宿を取っていたので実質丸一日、脇道を使ったのも良かったのかも知れない。
「これがアルヴィエールの入り口ですか……入る前から魔素の濃さが分かるですね。」
「そうなのか……。」
「あなたも魔力は持っているのでしょう?」
「大した量じゃないし、魔術の勉強なんてしてないからな。団の魔術師に初級魔術を一つ二つ教わったのと、後は”闘気”に使ってる。」
「ああ、納得です。」
二人して聳え立つ岸壁を見上げながらそんな話をしていたが、いつまでもこうしていられない。……行かなければ。
「……怖いですか?」
私の緊張を察したのか心配そうな色を声に乗せ、ルーリエが言った。
「……怖い。許されるなら、今直ぐ逃げてしまいたいよ……でも。」
一度息を吸って、吐く。彼女は私の二の句を待っている。
「ルーリエが守ってくれるんだろう?」
「!……もちろんです。」
はっとしたルーリエが、赤みを帯びた頬で頷いた。……そうだ。
思いついて腰袋に手を入れ、程長く飾り気のない布紐を取り出す。それを指に引っ掛け、後髪をまとめて持ち上げた。纏め上げたその根本に指の紐を数度巻き付け一つに結ぶ。思いつきだったが首が涼しくて良いな、これは。
「どうしたんですいきなり。」
「ん?……そうだな、気合を入れたんだ。」
「……そうですか。」
「そうさ。」
此方を見上げた彼女にそう言うと、ルーリエはそっと顔を下げた。近くに立つとその大きな帽子で遮られ私にはルーリエの顔は見えなくなる。何か呟いた様だったが、私に聞き取ることは出来なかった。
◇◇◇◇◇ ◇◇◇◇◇ ◇◇◇◇◇
ゆっくりと歩を進めて、トンネルを行く。もともとこんなだったのか、やけに長く感じる。
ルーリエが箒で進むかと提案してくれたが、入り口のトンネルだけは自分で歩きたいと断ったのだ。この場所への恐怖心を少しでも和らげるための時間稼ぎのつもりだった。
やがて奥に見えた光が大きくなり、小一時間もかけずに陽の下に出る事が出来た。吸って、吐くを二度繰り返して斜め後ろを歩いていたルーリエへ向き直る。
「……頼んでいいか?」
「わかったです。」
そう言うとルーリエは左手にもった身の丈の特殊な形をした”空飛ぶ箒”を用意し出す。生きと同じように私を運べるようにする為だ。
彼女の箒は他の魔術師の物とは明らかに様相が異なっていた。数えるほどしか見た事はないが、大抵は細い木の柄に細い枯れ枝の束の様な毛を持つ一般的な箒に見えた。しかし彼女のそれは、木を削って作ったのか上下が少し膨れた様な、明らかに乗り物として意識しているような独特の姿で、上部には取手のような出っ張りが有り、地を突く先端はしゅっと細くなっている。最上部の毛の部分は枝の束などではなく鳥類の羽根が無数に伸びており、まるで本物翼を思わせる。その羽根に埋もれるように大きな乱切りの宝石のような石が顔を覗かせていた。
その突起部分に先程の布を結びつけ、下準備が済んだようだ。倒した箒にルーリエが横に座り、何か唱えるとふわりと浮かぶ。ジャシタリアでも見たがやはり不思議な光景だった。
「行くですよ。」
布の座席に具合良く尻を乗せるとルーリエが合図を出した。私の心構えのためだ。徐々に高度が増し、広場への整えられた道をスピードを上げ進んでいく。結界柱の効果範囲を抜けると事なので少し低めの高度を維持しているようだ。
この速度なら、白い地竜と遭遇した位置は直ぐ見えてくるな、なんて思っていると以前と変わらず茸の魔獣が吹いた白い胞子が堆積しただろう地面が見えたが、なにか様子がおかしい。なんだ?……っ!?
ルーリエが白い地面に向かって速度を落とした。
「ここは様子が違うですね。ここですか?……でも……。」
「な、無い……。」
ここには、放置していたはずの荷馬車や、三人の仲間たちの遺体が有ったはずだ。それが綺麗さっぱり消えている。それを証明するように、それが有った筈の場所には、胞子に隠れて見えなくなっていた素の地色が、それの形にくり抜かれて覗いたのだ。なんだ、これは……?
「魔獣が結界を抜けて持って行ったんです……?」
「い、いや、それにしては、綺麗すぎる。足跡も、引きずった後も無いなんて……。」
「この靴の後は……私たちの、ですね。こっちに魔獣があるですが。」
「いや、それは多分、あのしゃべる地竜の物だと思う。」
そう言って、思い至った。
「……ルーリエ、あっちも確認したいんだが、いいか?」
「あっちです?……ああ、わかったです。」
その後もルーリエに運んでもらい、広場前にやってきた。流石に早い。幸いな事に、例のプレッシャーの主は居ないようだった。
「ここもだ……。」
「……遺体は無いのに、かたどってあるから余計に意識させられるですね……。」
「そうだな……。」
やっぱり、ここでも荷馬車や仲間たちの、ユージィンの遺体が消えている。先程と同じように、切り取ったように綺麗にそれが有った形跡を刻んでいた。
「……それで、何かわかったんです?」
「……ああ。」
私の様子に気づいていたようで、この娘には何かと見透かされてばかりだなと心の中で自嘲する。
「恐らく、遺体や荷馬車を持ち去ったのは例の地竜だろう。」
「あのしゃべる地竜ですか?」
そうだ、私は、見ていた。
「ああ。彼奴が茸の魔獣を倒した後、その死体を一瞬で消して見せたんだ。同じ事を、ここでもやったんだろう。」
「一瞬で……?もしかして、”宝物庫”です?」
「恐らく。彼奴は言葉も解すんだ、それくらいやっても不思議じゃないだろう?」
「十分不思議です!」
そうか?
「……まあ、百歩譲ってその地竜が死体を持って行ったとして、どうして荷馬車まで?それも一つや二つじゃないですよね?」
「そうだよな……まだ情報が足りない。広場の方も見てみよう。荒らされているかも――。」
そう言いかけた瞬間、遥か後方で僅かな爆発音が聞こえた。
「なんです?今の音。」
「あの音……。」
「え?」
「あの地竜だ!ルーリエ、今直ぐ箒の準備をしてくれ。向かってみよう。」
「何を言って――。」
「頼む!!」
困惑していたルーリエに無理を言って箒を出してもらう。乗り込んで道沿いに速度早めで飛んで貰う。行きより格段に早い速度だったが、気にしてはいられない。
あの爆発音、あれには聞き覚えが有った。あの地竜が放った炎の大爆発、それに違いない。直ぐ近くで聞いたのだ、間違えない謎の自信が有る。やつがこの森でまた戦っているのだとしたら、接触を図りたい。あの白い地竜が遺体を持ち去ったのだとしたら、奴が死んだ際その遺体が帰ってこない可能性が高い。
それに、あの地竜とは話せる奴だと、不思議と思えるのだ。ルーリエに中空を進みながら急ぎ足でそう伝えたが、案の定理解はして貰えなかったようだ。
「正気ですか!魔獣と対話を試みるなんて!奴らは此方を獲物としか見てないのですよ!私達だってそうです!」
「わかってる!だが、なら何故奴は私を見逃し、さっさと帰れなんて口走ったんだ!知能を有しヒトと無闇に敵対しない個体かもしれないだろう!」
「だからって――。」
ルーリエが口を開きかけた時、またも爆発音が聞こえた。先程より近くなっている為かより確信が深まる。この音の元凶は奴だ。
すると今度はあまり間を置かずにもう一度同様の爆発音。あの様な強力な爆発を三回も放つ程の外敵と戦っているのかと思うと恐怖で振るえが走る。それでも、行かねばならないと気ばかり焦った。
やがて森の入り口まで戻ってきて一旦減速する。
「何故止めるんだ!」
「おばか!もう音も聞こえないし、場所の特定も出来ないのに森に突っ込む気ですか!この森の俗称を忘れたわけじゃないでしょう?」
……確かに、このまま森に入っても”迷いの森”に殺されるのが落ちかも知れない。くそっ、此処まで来て……。……ん?
「ルーリエ、あれ……。」
「なんです…………煙?」
入り口のトンネルから伸びる逆側の道を言った方向の森の中から白い煙が上がっているのが見える。それと同時に、ずずぅんと地に響く唸りが、あの煙が上がっている方向から上がった。
間違いない、あそこだ!
期待の目を、ルーリエに向けて言葉無く訴えてみる。彼女もそれに気づき、暫くの逡巡の末、大きく嘆息した。そんな彼女が腕を後ろに回す。マントの下、腰の後ろに手を突っ込んだ。ベルトに吊るしていた口の大きな腰袋を漁っているようだが、ここからは何をしているのか確認できない。それも直ぐ終わったようで、手を引き抜いて私に差し出してきた。
その手にあったのは彼女の拳に収まる程度の大きさの黄色い楕円形の平べったい石だった。その石は薄っすらと透き通っていて淡く輝いている。頂点部には金属製の金具から伸びる布紐が垂れていてそれが首飾りだという事がわかった。石の表面には何やら文字が刻まれていた。魔法文字のようだ。察するにこれは何某かの魔術具なのだろう。
「これは……?」
「念の為ですよ。」
そう言って彼女も同じ物を首にかけたので、習って私も首にかけて服の下に落とした。
「めんどうです、一直線に行きますよ!」
「ああ!……ちょっと待てどういう事だア!?」
言い終わる前に箒が前方へ急加速、そして結界の効果範囲を超えて急上昇した。咄嗟の事に言葉も出せない。
「”迷いの森”をご丁寧に攻略してやる必要なんてないです!上から直接乗り込むですよ!」
「わかった!わかったからもうちょっと丁寧にうごおおおおおおおおおお!」
急上昇で一気に森の上空まで達し、一旦空中で止まり、そこで目的地を把握したルーリエは再度急下降していった。
「ぎぼぢわるい。」
「軟弱ですね。」
森へ降り立ち、暫しの小休憩だが、あまりぼやぼやもしていられないだろう。
「それにしても、どうして手前に降りたんだ?」
「”迷いの森”頭をやられたんです?何があるかもわからない敵地に何の準備もなく乗り込むなんて愚の骨頂です。」
そう言われればそうだ。気が急いていたのか、兎に角一目散に進む事しか考えていなかった。本当に頭をやられているかも知れない。
「そうだな、済まなかった。余裕がなかったのかも知れない。」
「まったく……しゃんとするですよ。ここは敵地なんですから。」
「……ああ。」
ここは針葉樹林のような尖った樹木が多くあるため、非常に視線が通りやすい。煙が上がっていた方を見やると、見覚えのある白い巨体が目に入った。
「奴だ。」
「あれが……確かに白いです。」
視線の先、奴の周囲には大きな虫の死骸が散乱している。あれは蜂の魔獣だろうか、一見して大小相当な数が居るように見えたが、皆力無く地面に転がっている。これを奴一体で熟したのかと思うとぞっとしない。ちらりとルーリエに視線を送ると、彼女も軽く息を呑んで居るらしかった。
木々の隙間から奴を視界に収め、いざと歩みを進めようとした時、ルーリエの後方から何かが這い出ているのが見えた。
「っ、ルーリエ、なんだそれは?」
「言ったですよ、準備は必要だって。」
ルーリエの背後、正確には前述の腰袋からがちゃりがちゃりと這い出しているこれは、木偶人形だ。
ジャシタリアの宿で見たのっぺりとした物とは違う、身体の到るところに金属の板や突起が張り付いていて、数は四体。手首から下は無く、そのどれもが肘から下が長剣のように伸びて鈍く光っている。明らかに戦闘用のそれと見て取れた。よく見ればルーリエの手には宿でも見た杖が握られている。
呪文だろうか、何か言いながらちょいと杖を振って木偶人形達を奴の周囲に展開させた。
「仮にあなたの言う通り友好的な個体だったとしても、用心は必要です。」
「……ありがとう。」
私を鼓舞する為の方便かと思っていたが、彼女は律儀に「守る。」を実践してくれているらしかった。そんな彼女に感謝を込め頷いて見せる。
彼女も頷き返して、私達は白い地竜へと歩みを進めた。
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