0-1.不本意な現状1
……ォン
……ーォン
……ポーォン
――んん……?なにぃ……?
意識がすっと覚め、自分が真っ暗な世界に居る事がわかる。頭はまだはっきりしない。何かにもたれかかる感覚がする。どうやら狭い空間に閉じ込められているようだ。なんだか体の感覚が変だ。腕を動かすとカンコンとぶつかる音がする。壁の向こうは空洞かな?薄いのかもしれない。
――あれ、そういや……あっ……死ねなかったんか……。
ぼんやりしていた頭がはっきりして来て、自分が手すりから落ちた事を思い出した。棚ぼたとは言え、やっと降り掛かった死のチャンスを生かせなかった事に落胆せずには居られなかった。あの時は死の恐怖に支配されていたのに現金なものだと自分でも思う。
――って事は、ここは治療の設備の中か何かなん…?あー最悪や……治療費とかどうなってんやろ……。
あの時感じていた恐怖とは別の種類の恐怖心に襲われたが、ふとした違和感に気づく。身体が痛くない。あれだけの高所から落ちて身体が全く痛まないなんて事があるのか……?
薬漬けになっていれば痛みを感じずいられるとは思うけれど、それだと体の感覚も無いように思う。現状、鈍いものの身体はある程度自由に動く。医療機器のコード類も張り付いている感じもしない。ていうか横になっていないし未知の危機に入れられているように思う。
なにかおかしい。
ともかくいつまでもこんな所に居たくないので、なんとか脱出を試みよう。目の前にあるだろう壁を強めに叩いてみる。ぴしりと音が鳴ってどきりとする。治療費に加え馬鹿高いと噂の医療機器を壊して高額な賠償金など請求されたりしないだろうか……。
――ええい知らん!こんな所にいつまでもいられるか!私は帰らせてもらう!
フラグ臭のする台詞を頭に巡らせながらもう一度、今度は先程より気持ち強めに殴りつける。びししっと明らかにヒビが入るのがわかる。だって割れた筋から光が漏れてるから。
もいっちょ叩く。先程よりも多くの筋が入るがまだ崩れなさそうなので更に殴る。殴る。なぐる。なぐ――
――うわわっ!?
幾度か右の拳を殴りつけると遂には突き抜けた。突き抜けた勢いで前傾にバランスを崩してしまいそのまま謎の機器から転がり落ちてしまう。岩のような質感に叩きつけられてしまい、数瞬の間前後不覚になってしまった。痛い……。
思ったより痛くなかったようだ。まだ視界が光でぼやけている。光に眩んで見えてない目でなんとか光が強い方向へ進んで見る。足や手のひらでなんとなく感じる、岩質のような物に囲まれている所のようだ。明らかに病室ではない。
心地よい風が吹いている。光が強い方向から流れているようだ。出口かな?やっぱり体の感覚が変だ。
次第に目が見えるようになってきた。ここはどうやら洞窟のようだ。なんで?取り敢えず風の吹く方へ向かう。
やっと視界もはっきりする。思わず足を止めた。
――なん、だ……?
目の前に広がったのは広大な木々の群々。遠くの方には背の高い岸壁のような山々が囲うように伸びている。自分のいる場所は酷く高所のようで、遠くの方まで森が広がっているのが伺えた。下は見たくない……。
所々切れている場所はあるようだが、基本的には森と山しか見えない。見える範囲全てが森と山って凄いななんてぼんやり。あ、鳥が飛んでる。
はっとして来た道を振り返る。大した距離は歩いてなかったようで行き止まりがここからでもはっきりわかった。そこには前部分が壊れた大きな楕円形の有機物が鎮座していたのだ。有り体に言えば大きな玉子。足元には破片が転がっている。大人一人か二人は入れそうな大きな玉子だ。奥の壁の上部には穴が空いておりどうやら上の方へ続いているようだがここからは確認できないが、どうやらそこから風が抜けているようだ。
卵が割れてるということは、中身が外へ出たってことで……。
恐る恐る、今まで視界の端にチラついていたが意識の外へ追い出していた我が手に視線をやる。
――うわぁ……。
鋭い爪が光る、本数も足りない。
次いで視線を下げ身体へ、脚へ、首を反らし背中側へ視線を流す。真白い肢体に薄い瓦状の線が引かれているように見える。腰辺りからスラリと伸びる見覚えのない先細りの尾。そして視線の終着点は卵へ。
つまり、ボクは今、あの卵から出て来たであろう、ファンタジーによく出てくる牙や、爪や、翼を携えた、爬虫類的フォルムのあいつ――
――ドラ、ゴン……に……?
そしてこれは、この状況は――
――異世界転生、した…!?
「ぎょおあ!?」
――うわびっくりした!!!?
突然聞こえてきた明らかに人の声ではないその異音に心底ビクリと身体が弾んだ。数瞬の後、それが自らの声帯から発せられた”声”だと言う事に思い至る。鏡がないのではっきりと確認はできないが、今の自分の状況を端的に表すなら『モンスターに異世界転生』である。ここでドラゴンと断言しないのは、自分の背にはドラゴン最大のアイデンティティである所の”翼”が見当たらなかったからだ。爬虫類なのは間違いないとして、竜っぽいフォルムである所から、地竜と言われる、物語による登場する荷車とか牽いているアレかもしれないと当たりをつけるが、確認のしようもないので直ぐに頭から追い出す。
――あの卵に入ってたのは間違い無さそうやな……。
生前――と、もはや言っても差し障り無いだろう――異世界転生、異世界召喚には憧れた。チート能力で女の子にちやほやされて勇者なんかやってみたり、生前の知識でもって異世界に文明改革をもたらしてみたりーなんて夢想なんてのは日常茶飯事だった。だけどそんなこと起こるわけないと思っていたし、自分は現実と虚構の区別くらいついていると自負もしていた。だからこそ死後の生まれ変わりなんて望んでいなかったしそう願ってもいた。その方が余程現実的だからだ。あるかないかわからないという点では、天国と地獄も異世界あれこれと大差ない。
なのに、だと言うのにだ。なんだ?
この現状は。ボクの望みは、死後でさえ叶わないのか?生なんて、前世でもう十分嫌気が差している。要らなかったのに、まだボクを地獄のような生に縛るのか?
異世界転生なんてものがあるんだから、神は居るんだろう。神はそんなに、ボクが不遇に塗れるのを見たいのか?
前世から馴染みのどす黒い感情に纏わりつかれる感覚。心の底から湧いて出る感情の気持ち悪さを、死んでなお味合わなくてはいけないのか?
あんまりなこの状況に頭を抱え地面を所在無さ気に見つめ、一歩二歩と後ずさる。思考が上手く働かず、目の焦点も合っていないのを自覚する。なんとか平静を取り戻さなければと気を立たせようとするが上手く行かず、更に思考が混乱していく。
――お、俺は、どうしたら……。
《メニューを開く事を推奨。》
「ぎゃ!?」
またも突然の、今度ははっきりとした人の声に、またもビクリと弾けた身体が着地することはなかった。
そこには洞穴に吹き入れる風の音だけが響いていた。
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主人公は関西人です。
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