3 アンバー姫、ドキドキする
調子に乗ったハインリヒがむかついたので、私はやつの目の前で効力がないロバート様との結婚許可証をビリビリと破ってやった。
カエルがそれをぼーぜんとした様子で見ていた。
「結婚許可証なんか、もう必要ないわ。だから、恋人役の件もお断りよ!」
「なんだ、愛しのロバート様をあきらめるとでもいうのか?」
「まさか!別に結婚にこだわらなくてもいいかと思ったのよ。ロバート様のおそばにいられればそれでいいわ。」
「ははは、それはそれは。お前とは思えないほどのけなげなセリフだな。まあどうせフロスト隊長もお前みたいなわがままヒステリー女のことを好きになどならないだろうから、そもそも結婚許可証を作る必要がなかったな。」
私は無言でハインリヒの仮面を再びはぎ取った。
「だああああああ!この人でなし!!かゆくてたまらん!!」
ハインリヒは私の手から仮面を取り戻すと、顔に右手を添えるあのむかつく決め顔で言ってきた。
「だが私はまだまだお前を言いなりにするカードを持っているのだ!」
まだ余裕たっぷりなのが腹が立つ。
「お前が私の言うことを聞かないならば、クグロフがどうなるかわからんぞ?」
悪意ある笑顔でにやりと笑っている。
お前は本当にこの国の宰相なのか?
か弱い町娘をてごめにする悪い下級役人かなにかなんじゃないの?
「クグロフに反逆のきざしありと根も葉もないうわさを流し、フロスト隊長をその首謀者として捕らえ処罰することくらい造作もないことなのだ。」
「ロバート様になにかしたら許さないわよ!」
「そういうわけだ。明日私の恋人役をつとめあげ、私とチクワ姫の婚約をぶち壊してくれ。さあ、おとなしく明日まで自室にでもこもってるんだな。」
「おのれハインリヒ!覚えてなさい!いつかこの借りは返してやるわよ!」
「楽しみにしているよ。フハハハハハハハハ!!筋肉こそ正義!」
ハインリヒは私を投げ出すように執務室の外へ放り出した。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
私は自室の前までやって来た。
なぜかカエルも後ろからついてきている。
このカエル、よく見れば顔だけがカエルで体は人間のものだ。
「ねえ、お前はさっきからなぜついてくるの?あの魔法の馬車の御者なんでしょう?さっさと持ち場に帰りなさいよ。」
カエルは私の問いかけに首を横に振るだけだった。
「まさか、私の自室までついてきてなにかしようってゆうんじゃないでしょうね?」
にらみつけてやると、今度は慌てた様子でさっきよりも激しく首を横に振った。
そして、ジェスチャーで何かを訴えてきた。
「アンバー姫の、監視、じゃなくて、警護をしている。ですって?あのねえ、私には警護は必要ないわ。この国で私に何かをしようというやつはいない……ハインリヒのバカ以外はいないわよ。」
手を振ってしっしっと追いやろうとするけれど、カエルはその場を動こうとはしなかった。
「まあ、どうでもいいわ。それよりも今はロバート様を守るためにもあの筋肉バカの恋人役を立派にやりとげて、チクワ姫に国に帰ってもらわないとといけないわね。チクワ姫には悪いけど。」
わざわざ他国までやって来て、婚約者に恋人がいたから追い返されるというのはかわいそうだ。
同じ姫と言う立場にある者としては同情しかない。
ごめんなさいね、こんな国なのよこのトライフル王国は。
チクワ姫にとっても、案外関係を持たないほうがいいかもしれない。
というか、ハインリヒが悪い、何もかも悪い。
そうだ、明日は恋人のふりをしながら、あいつに地味に嫌がらせをしてやろう。
目の前のカエルでその予行演習でもするか。
抱きついて乳首をひきちぎれそうなほどつねるといのはどうかしら。
いや、やめておこう。
私の姫として、というか女としての何かがなくなってしまう気がする。
もう少しソフトな感じにしておこう。
「ハインリヒ!好きよ!愛してるわ!どすこい!」
私はカエルに抱き着いて肋骨を折るくらいの強さで両手で腹部を締め上げ、ひたすらローキックですねを蹴り続けた。
「っっっ!!」
カエルは少しよろめいたけれど、すぐに持ち直して私をそっと引きはがした。
意外にやるじゃない、このカエルは。
そしてカエルは、私の鼻に人差し指をちょん、とあてて、
「めっ。暴力はダ・メ・だ・ぞ☆」としてきた。
優しいお叱りに思わず胸がきゅん、となってしまった。
な、なんなのよ、このカエルは!
ロバート様以外にこの私の胸を高鳴らせることができるものがいるなんて!
「ま、まあ、お前が耐えられるくらいのものならば、ハインリヒにやる意味がないわね。もっとあいつを再起不能にするくらい衝撃的なものでなくては。」
体力的な嫌がらせではこのカエルでも耐えられるのだ。
ならば精神的嫌がらせで攻めてみるというのはいいかもしれない。
ハインリヒが一番嫌がりそうなことか。
ふむ。
「ああっ!愛しのハインリヒ!あなたの全てを愛しているわ!あなたの顔が、筋肉が、声が、匂いが大好きよ!姫であるこの私を脅して言うことを聞かせるなんて、なんて賢くて強引なのかしら!そんなところにときめいてしまうわ!私を好きにして!」
ロバート様のことを想う時のように、両手で自分の体を抱きしめて身もだえしながら叫んでみた。
……やめよう。
これはおそらくハインリヒの精神をめちゃくちゃに破壊する威力があるだろうけれど、同じくらい自分にも甚大な被害が出る。
自分で言った言葉に吐き気を感じてげっそりしていると、突然カエルが私の両手をつかんで、壁にどん、と押さえつけてきた。
「な、なにをするの!この無礼者!」
カエルは無言でじっと私を見てきた。
どことなく怒っているような、そんな雰囲気を漂わせている。
「手を離しなさい!一体何だというの!」
しかりつけても、相変わらず、ホーコー、という息遣いしか聞こえてこない。
ただなんとなく、さっきのハインリヒへの愛を叫んだことに対して不機嫌になっているように感じた。
「ハインリヒのことは嘘でも良く言うなってこと?」
カエルはこくりと首を縦に振った。
心臓がドキドキと鳴って、顔が熱くなってきた。
なんとまさか、カエルに嫉妬される日がこようとは!
そしてカエルに壁に押さえつけられてドキドキさせられる日がこようとは!
ああっ!だめよ!私にはロバート様がいるのに!!
ふと近づいたカエルからまたあの良いにおいが漂ってきた。
カエルの胸元に顔を近づけてスーハースーハーしてみる。
ああ、やっぱりどこかで嗅いだことがあるような……。
私がカエルの体のあちこちをスーハーするので、カエルがたじろいでいる。
「あら?これはどうしたの?」
カエルの少し開いた胸元から素晴らしい肉体がちらりと見えたが、そこには大小あらゆる傷跡が無数にあった。
剣で切られたような鋭く細長いものだった。
もっとよく見ようとのぞき込むと、カエルは慌てて私を解放して胸元を整えて傷跡が見えないようにしてしまった。
そしてカエルは私の腰を抱いて、私を自室の中にうながした。
「ちょっと!なにをするのよさっきから。え?なになに?もう部屋の中に入りなさい?この私に命令するつもり?え?扉の外で警備をしているから安心しろ?いえ、別に警備は必要ないとさっきから言って……。」
カエルは一方的にジェスチャーでそう伝えると、私を部屋の中に押し込んで扉を閉めてしまった。
胸元を見られるのがそんなに嫌だったんだろうか。
それにしてもあのカエル、一体何者なんだろう。
気になって扉を開けてみた。
カエルは慌てた様子で頭を抱えてまた私を部屋に押し込んできた。
そして扉を外から押さえているらしく、扉を再び開けることはできなかった。
仕方がないので久しぶりの自室で過ごすことにした。
ありがとうございます。