第二百七章 テオドラム発各方面行き困惑便 8.モルヴァニア軍国境監視部隊
不可解なダンジョンと不可解な贋金の件で疑心に駆られたテオドラムが、関係――すると思われる――各方面に事情探索の手を伸ばしたところが、悪魔に魅入られたかのように時宜を得たその行動が、あちらこちらに困惑の種を蒔く事になった。
その仔細についてはこれまでにも縷々述べてきたところであるが……ここに新たな犠牲者が登場する事になる。
その人物の名はカービッド将軍。モルヴァニア軍国境監視部隊の指揮官であった。
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「ウォルトラムの『蠍』連隊の動きが活溌化か……確かに看過できん情報だな」
テオドラムがシュレクの背後に建設している砦は、ウォルトラムとニコーラムのほぼ中間に位置している。シュレクの、そしてその背後にある砦の状況を監視しているカービッド将軍たちにとっては、無視できる内容ではない。ただ……
「シュレク後背の『砦』の方では、何の動きも見られていないんだな?」
「はい。あの方面には度々斥候を派遣していますし……地元の人間も……その……この件に関しては協力的ですので」
「うむ……」
テオドラムの馬鹿兵士がシュレクの村で愚行を晒し、その件でシュレクは勿論、近在の村々までもがテオドラムの上層部に不信を抱いている事は、カービッド将軍たちも薄々気付いていた。……ちなみに、これに関する情報の多くは、なぜか昨今になってシュレクを訪れる事の増えた吟遊詩人たちから聴き取ったのだが。
そのあたりの事情には――仮想敵国とは言え――複雑な思いを禁じえない将軍であるが、ともあれ情報が信頼できる事は確認されている。
「……とすると……ウォルトラムの動きはシュレク砦の強化に関するものではないと見ていいか……」
「抑ウォルトラムにしても、駐屯兵力が強化されたという訳ではないようです。活動が活溌化しているのは間違い無いんですが……」
「活動の場が定かでない……そういう事か?」
「はぁ……さすがに連隊の根拠地であるウォルトラムに密偵を送り込むのは……」
「うむ……」
カービッド将軍を、そしてモルヴァニアを困惑・警戒させているこの状況が如何にして生じたのかというと……実は他でもないフォルカ、すなわちトーレンハイメル城館跡地が原因であった。
クロウのダンジョンに散々煮え湯を飲まされてきたテオドラムが、せめて次のダンジョン――どうせ出現するに決まっている――の場所を予測できないかと、ダンジョンの候補地を予め警戒するという挙に出たのである。
その際に候補地として挙がったのが、第一に嘗てトレントの大群落があったオドラント、第二に――これと関連して――突然に木立が出現したというイラストリアとの境界付近、そして……第三が嘗て重犯罪者の収監――兼・処刑――施設があったトーレンハイメル城館の跡地、通称を絞首台という場所なのであった。
そして……問題なのがその「フォルカ」の位置で……選りにも選って、ウォルトラムという町から少し外れたところに存在したのであった。
フォルカことトーレンハイメル城館跡地を警戒・監視するとなると、その拠点をウォルトラムに求めるというのは、これは兵站の上からも理に適った判断である。基本的に常識人が揃っているテオドラム枢要部はそれを指示したのであるが、このウォルトラムが――先述のように――シュレク砦に最寄りの位置にある事から、モルヴァニア軍国境監視部隊の注意を引くに至った。
ただ、この事はテオドラムも予想していたらしい。
ウォルトラムへの兵力増強は見合わせ、かつ、シュレク砦にも動かないように指示していたらしく、シュレク方面での行動を睨んでの動きという可能性はやがて棄却される事になった。
テオドラム上層部の判断では、事態はそれで収まる筈だったのだが……
「……シュレクでないとすると、どこに対して何を仕掛けようというのか……」
何しろテオドラムの各連隊というのは、基本的に侵攻部隊である。それゆえに、隣国モルヴァニアとしても気を抜く訳にはいかないのであった。……そしてこの場合は、時期と位置取りが悪かった。
「ウォルトラムか……丁度アバンの廃村を睨む位置にあるな……」
「……以前に将軍がお話になっていた件ですか?」
以前カービッド将軍は、アバンの「迷い家」が実はダンジョンであり、それを悟ったテオドラムがヴォルダバンに押し付けた――という、鋭いのかそうでないのか判りかねる見解を披露した事がある。我ながら馬鹿々々しいと思えるそれを、それでも念のためにと上層部に伝えていたのだが……
「こうしてウォルトラムが妙な動きを示しているのを見ると……将軍の卓見だったという事でしょうか……」
「まだ判らんよ。だが、気になる動きではある。……あの時は我ながら妄説だと思っていたのだがな……」
――斯くして、テオドラムの用心の結果、モルヴァニアがアバンに対する警戒を強めるという……誰も予想できなかった事態となるのであった。




