第二百七章 テオドラム発各方面行き困惑便 7.バレン 冒険者ギルド
テオドラムの動きに各国が当惑している頃、同じテオドラムの動きに対して敏感に反応しているところがあった。イラストリアはバレンの冒険者ギルドである。
抑バレンの町は、クロウによる念の入った襲撃からこっち、堰を切ったような勢いで落ち目になっていた。
何しろバレン男爵軍が壊滅的な被害を出して返り討ちに遭った上、バレン男爵の屋敷も全焼。挙げ句に領内で展開された通商破壊戦によって、バレン男爵領は経済的な大打撃を被った。
当時の男爵に責任を引っ被せて引退させ、どうにか体裁だけは整えたものの、覆水が盆に返る訳も無く、バレン男爵領は低迷したままであった。
それというのも……砂糖・砂糖菓子・ビール・古酒・幻の革といったノンヒューム発の目玉商品の一切が、バレンには洟も引っ掛けずに通り過ぎて行くのである。利に聡い商人たちがバレンに立ち寄る事も無く、更には元凶たるヤルタ教までもが振るわない有様である。
――それも無理はない。
何と言ってもバレン――とヴァザーリ――は、ヤルタ教のお先棒を担いでノンヒュームへの弾圧を強めていた張本人である。ノンヒュームがバレンの事情など忖度する訳も無く、ノンヒュームたちのご機嫌を損ねたくない商人たちも、バレンに好い顔をする筈が無い。
それだけではない。
冒険者たちが山林へ素材を採りに入ろうとしても、何者かの執拗な妨害に遭って、目的を達成する事ができないのだ。畢竟、当てにできないバレンの冒険者ギルドに出される依頼は激減し……町もギルドも気息奄々といった有様なのであった……今までは。
――その状況を打開しつつあるのは、テオドラムの冒険者ギルドからの打診であった。
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「テオドラムから持ち込まれた話は、このギルドにとっちゃ渡りに船だ。受ける事に異存のある者はいるか?」
ここはバレンの冒険者ギルド。ギルドマスターらしき男が一同を見廻して問いかけるが、異議を唱えようとする者はいない。……いる訳が無い。
亜人どもがヤルタ教と表立って事を構えて以来、バレンとヴァザーリ――ついでにニル――の町は、閑古鳥の合唱場と化しているのだ。今や冒険者ギルドの命運は、まさに風前の灯火と言っても過言ではない。その状況を打開できるというなら、テオドラムだろうがどこだろうが、手を組む事に吝かではない。
「……他に打つ手が無いという状況は身に沁みて解っていますが……テオドラム側からの話は具体的にどういうものなんですか? 以前のように講師を派遣しろと?」
「いや、現状ではそこまで具体的な話は出ていない。ダンジョンの情報を共有するために、イラストリア・テオドラム・マナステラの冒険者ギルドの間で繋がりを持ちたい……まぁ、そういったところだな。一応目標としては、定期的な会談のようなものまで考えているみたいだが……」
「まだ具体的な話は出ていない――と」
「ものになるかどうか、随分とあやふやな話ですね」
「あぁ。だが逆に言えば、形が定まっていない今だからこそ、どういう形に持って行くかの自由度が高いとも言える」
「成る程……ものは言いようですな」
「どっちみち俺たちにゃ選択の余地は無ぇんだ。この話を受ける事に異存は無いな?」
――冒険者ギルドを通して、モローのダンジョンについての情報を集める。
これは以前にテオドラムの国務会議で決められた方針であったが、その後あれこれの事情に取り紛れたため、今頃になってバレンに話が持ち込まれたのであった。……が、その間にバレンという町の凋落が甚だしくなっていたため、バレンの冒険者ギルドはこの話に飛び付いた。
今は何とも得体の知れない頼り無い話であるが、闇の中に唯一見えた灯りである。手を伸ばさない理由は無い。それに、この話を契機にしてマナステラの冒険者ギルドと交流を持てるのなら、この町で燻って――と言うか、もはや生き腐れて――いる冒険者たちに、稼ぎの場を提供できるかもしれない。更に、テオドラムやマナステラのダンジョンの情報を秘匿独占できるのなら、それはここバレンのセールスポイントとなるではないか。
……テオドラムにしてみれば、本命は飽くまでマナステラであり、バレンは付け合わせのような位置づけであったのだが……当のバレンにとってみれば、これは干天の慈雨にも等しい。話に飛び付くのも道理であった。
「……この話、イラストリア王国に報告は?」
「一応報告はするが、別にお伺いを立てる必要は無ぇだろう。冒険者ギルドは、国とは独立した組織なんだからな」
「まぁ、建前上はそうなっていますが……」
「今までこっちの状況を見ていながら、知らんぷりを決め込んでやがった連中だぞ? 今更こっちが気を遣ってやる必要は無ぇだろう」
「まぁ……この段階では向こうもどうこうとは言ってこないでしょうしね」
――斯くして、クロウの与り知らぬところで、バレンの冒険者がマナステラを訪れる筋道が開けたのであった。




