第二百七章 テオドラム発各方面行き困惑便 6.イラストリア王城 国王執務室(その2)
考え込んだ三人に向けて、ウォーレン卿は冷静に説明を続ける。
「テオドラムがⅩの存在を確信しているかどうかは判りません。ただ、テオドラムが二度に亘る贋金騒ぎ、それも不可解な贋金騒ぎに巻き込まれている事。同じように不可解なダンジョンに悩まされている事。これらに共通する原因を求めようとするならば、黒幕の存在を疑う下地は充分かと」
「……で、またぞろ贋金が出やがったんで、ダンジョンの方でも何かあるんじゃねぇかと勘繰ってたところで、マナステラの『百魔の洞窟』の件を知ったと……平仄が合わねぇ事も無ぇな……」
――ふむ、と考え込む国王たち。
「そうすると……密約の件が露見した訳ではないのか?」
「敢えてそれを考えなくても、説明が付く事態ではあるようです」
そう言ってウォーレン卿は話を続ける。
「抑、テオドラムと我が国は互いに仮想敵国の関係にあります。その我が国が、このところマナステラと接近している――」
「マナステラの方が俺たちに接近してるんだろうが」
「テオドラムの視点では同じでしょう。――続けます。そういう事態が進行している以上、それだけでテオドラムが関心を抱くのには充分でしょう」
「テオドラムが探りを入れてくる理由にゃなるな……」
「それで……我が国としてはどうすればよい? マナステラもそれを気にしているのだが」
「国策について献策するのは軍人の責務を些か外れるとは思いますが……どうにもできないかと」
「できない?」
「はい。少なくとも、ここで我が国が動くような真似は、二重の意味でできません」
「二重の意味?」
ウォーレン卿が口にした言葉は、居並ぶ三名の興味を引いた。〝二重の意味〟とはどういう事か?
「現在の状況で徒にテオドラムを刺激するのは、マナステラも懸念しているでしょうが、好ましくありません。これが一つ」
「……もう一つは?」
「Ⅹです」
「「「Ⅹ!?」」」
Ⅹが七面倒なキーパーソンである事は承知しているが、彼がここでどう関わってくる?
「『百魔の洞窟』のスタンピードについて検討した時の事です。Ⅹがスタンピードの終熄を図った理由として、マナステラの不安定化を嫌った可能性を挙げました」
「あ……」
「そいつがあったか……」
飽くまで可能性の話ではあるが、Ⅹがマナステラの不安定化を好まない場合、下手な介入は彼の機嫌を損ねる虞がある。
「……Ⅹがマナステラの反テオドラム感情をそのままにしておきてぇんなら、テオドラムのやつらがしゃしゃり出てくるのは気に入らねぇんじゃねぇか?」
「恐らく。しかし、Ⅹが既に何らかの手を打つべく動いていた場合、我々の介入は彼の計画を攪乱する可能性があります。軽率な動きは慎むべきかと」
「「「う~む……」」」
事態がここまで錯綜している以上、迂闊な手出しは控えるべきというのは解った。確かにそれが正解だろうが、国家外交という視点から見ると、正解ばかりを選ぶ訳にもいかない訳で……
「具体的にはどう対処すべきであろうかの?」
手出しを控えるも何も、マナステラからはこの件に関する使者が――クリムゾンバーンの革製品に関する使者を装ってはいるが――来ているのだ。けんもほろろな応対などできる訳も無い。
軍人に対する質問ではないという気もするが、話の流れに押される形で、そう問うてみる宰相。軍人たちも困惑――と呆れ――はしたようだが、話がそこに行き着くのは無理からぬものとは納得してくれたらしい。
「……表向き、使節は『幻の革』の督促って形になってるんですね?」
「督促というのはアレじゃが……そのような体をとっておるの」
「革の件じゃ、使者はマナステラから来るばかりってぇじゃねぇですか。こっちからは梨の礫……ってなぁ、ちょいとばかり外聞が悪過ぎやしませんかぃ?」
「む……確かに、傲慢の誹りを受けるやもしれんの」
「こちらからもマナステラに使者を送るべきか?」
「ただ……マナステラにはノンヒュームたちとの関係で前科がありますからね。ここで我々がマナステラに――必要以上に――好意的に動く事が、Ⅹやノンヒュームにどう見えるか。また、テオドラムの目にどう映るか……」
「やれやれ、外交ってな難しいもんですな」
早々に手を引いて高みの見物に廻ると宣言した将軍を、じっとりとした目で睨む宰相。
「……しかしまぁ、マナステラの側に立ってみれば、別に我々との交誼を厚くしなくても、ノンヒュームたちとの伝手を得られれば満足する筈です」
そして、将軍のフォローに廻る出来の良い部下。
「……革の件で一骨折ってもらえるかどうか、ノンヒュームたちに頼むか……」
「またぞろ高い代価を払わされそうですな」




