第二百七章 テオドラム発各方面行き困惑便 5.イラストリア王城 国王執務室(その1)
「テオドラムが? 今頃になって一体何を勘付きやがったんで?」
「ま、懸念すべきは例の密約じゃろうの」
「……漏れた――ってんで?」
「そうでなければよいがと思うておる……儂も陛下もな」
今日も今日とて国王会議室に集ったいつもの四人組、相も変わらず不景気な顔で不景気な懸念を論じている。本日のお題はテオドラム。今頃になってマナステラに食指を動かした件である。
「報せを寄越したのはマナステラですか?」
「うむ。……と言うても、元々は冒険者ギルドに持ち込まれた話だそうな」
「……マナステラ国王府には何の連絡も無かった……そういう意味でしょうか?」
「そういう意味じゃ」
宰相が口に出した情報の意味を、改めて検討する軍人二人。……本来なら、こういう事は国務会議の役割だろう。軍人たる自分たちの仕事ではないのでは……
「その国務会議に持ち出す内容を、事前に漏らしてやっておるのじゃ。文句を言うでないわ」
「お言葉ですがね宰相閣下、〝漏らす〟って言葉にゃ、漏らした相手の意見を聴くってのは含まれていませんぜ? 少なくとも、儂が幼年学校で教わったのたぁ違いますな」
「等価交換というやつじゃ。士官学校で習ったであろう?」
「――で、ウォーレン卿はこの件をどう見る?」
例によって例の如く、宰相と将軍が不毛な口論を始めたところで、国王がそれをバッサリと切って捨ててウォーレン卿に問いかける。子供の口喧嘩に付き合ってられるか。
「そうですね……冒険者ギルドだけに話が行った事については、見方は二つあると思います。この件を大事にはしないというテオドラムのメッセージなのか、それとも……本当にマナステラ国王府の協力は欲していないのか……現段階ではどちらとも判じかねますね」
「ふむ……後者の解釈はどういう場合になる?」
「国王府の意向ではなく、民間レベルの情報を欲している場合……例えば、本当にダンジョンの活動を知りたいと考えている場合ではないかと」
「あの国は前にも同じような事をやりましたな」
「ふむ……あれはシュレクの時であったか?」
――と、将軍と宰相が討議に参加してくる。どうやら血の気も鎮まったようだ。
「シュレクの時には解り易い理由があった。今回のこれはどう考える?」
ダンジョンのせいでテオドラムが酷い目に遭わされているのは事実だが、それは今に始まった事ではない。今になって改めて動きを示した理由は何か?
「一つの可能性は、マナステラの『百魔の洞窟』の件が引き金になったというものです」
「……スタンピードか……」
「はい。名うてのダンジョン二つを抱えるテオドラムとしては、無視できない可能性の筈ですから」
「アレがスタンピードかどうかは微妙っぽいが、起きたてホヤホヤななぁ間違い無ぇしな。テオドラムが色気を出すのも無理はねぇか」
「ふむ……ありそうな話じゃの」
――実際には、テオドラムはそこまでスタンピードを警戒してはいない。
スタンピードの話は無論承知しているが、できて間も無いダンジョンがスタンピードを引き起こした例が無いのも事実。……まぁ、「怨毒の廃坑」と「災厄の岩窟」を、月並みのダンジョンと同じに扱っていいのかという意見もあったのだが……
〝あの強かなダンジョンマスターが、国境線上などという微妙な立地にある「災厄の岩窟」に、敢えてスタンピードを起こさせるか?〟
〝「怨毒の廃坑」の場合も、氾濫どころか毒の除去を行なっているしな〟
――という異議が出され、これに反論が出なかった事もあって、この件については暫し棚上げとなったのであった。
「――んで? それ以外の可能性についちゃどうなんだ?」
「我々が知らない何らかの情報に基づいて決断した場合ですね」
「おぃおぃ……」
「例えばですが、マナステラ金貨の贋金の件に絡んで、テオドラムが何かを掴んでいる場合だとか」
物静かなウォーレン卿の指摘は、間違い無く一同の虚を衝いた。
「……待てウォーレン、贋金貨とダンジョンがどう繋がる? ……いや……Ⅹ絡みって点じゃ繋がるだろうが……」
「テオドラムがⅩの存在に気付いたという事かの?」
「まぁ……こうも立て続けに妙な事態に見舞われているのだ。黒幕の存在に思い至るのは時間の問題であったろうが……」




