第二百七章 テオドラム発各方面行き困惑便 3.マナステラ
その日、マナステラの国務会議は荒れていた。
そしてその原因は、冒険者ギルドから上げられてきた報告にあった。
「イラストリアとの間に対テオドラムの密約を結んだばかりのこの時期に、テオドラムが手を伸ばしてきただと?」
そう。テオドラムの冒険者ギルドから、ダンジョンに関する情報交換という名目で、冒険者レベルでの交流を促進したい旨の打診があったのである。
成る程、表向きは確かに民間レベルの交流要請であったが、そんな建前を真に受けるような無邪気な者は一人もいない。国務卿なんて因果な商売、擦れっ枯らしでなくてやってられるか。
「まさか……密約の件がテオドラムにバレたというのか?」
「態々『百魔の洞窟』の件を持ち出してきたんだ。諜報に手を抜いていないという警告でなくて何だと言うんだ」
「むぅ……確かに……」
――違う。
テオドラムが腹に一物抱いてこの話を持ちかけたのは事実だが、密約の件など夢想もしていない。単にマナステラの贋金貨の件から、黒幕がマナステラ絡みで動いている可能性を察し、何かの情報でも得られれば重畳と、交流を持ちかけたに過ぎない。
しかし……何しろ時期が時期とあって、マナステラ側としても懸念の色を深めずにはいられないのであった。
「……拒むのは不自然だろう。受け容れるしかあるまい」
「だが、そうなると、テオドラムの手の者を国内に引き入れる事になるぞ?」
テオドラムと直接的に敵対している訳ではないが、イラストリアとの秘密交渉の条件として対テオドラムにおける協力を申し出ている身としては、国内に入ってほしい相手ではない。とは言え、ここで受け入れを拒むようでは、何か含むところがあると白状するようなものである。
結局、落としどころとしては……
「……先んじてこちらから人を送るしかあるまい」
「テオドラムの者が派遣されるより先に、こちらから人を送る訳か」
「それも一案だろうが……返事が早過ぎると怪しまれるのではないか?」
確かに、その可能性は無視できない。
う~むと唸る国務卿たちであったが、
「いや……テオドラム国内のダンジョンについて知りたがっていると思わせれば……そう不自然には思われんかもしれん」
「実際、ダンジョンについての情報なら、幾らあっても困る事は無いしな」
「シュレクの『怨毒の廃坑』はまだしも、マーカスとの国境線にある『災厄の岩窟』に関しては、こちらも充分な情報を得られていないしな」
「うむ。首尾好く話が転がれば、イラストリアに提供できる情報が得られるやもしれん」
「そう都合好く進むとは思えんが……少なくとも、我が国がダンジョンについての情報を欲しても、おかしなところは無いな」
「あぁ、冒険者ギルドなら猶更だろう」
――という具合に意見が纏まっていく。……少しばかり楽観的過ぎる気がしないでもないが、悲観してばかりで話が纏まらないよりは建設的だろう。
「……考えてみれば『百魔の洞窟』は、我々にとっても都合の好い口実に使えるかもしれん」




