第二百七章 テオドラム発各方面行き困惑便 2.テオドラム王城(その2)
では――クロウの当初の予想を裏切って、ゲルトハイム鋳造所で造られた金貨が沿岸国に持ち込まれたのはなぜなのか?
クロウはゲルトハイム鋳造所の位置関係ではなく、そこが一番新しく造られた鋳造所である事に、もう少し留意すべきであった。
新しく建てられた鋳造所という事は、それだけ鋳造能力も高いと考えられる。そしてそれゆえに、取引量の多い沿岸諸国向けの金貨を造る事になっていたのである。
そしてこの認識の食い違いの結果……
「黒幕の狙いは最初から、我が国と沿岸国の関係に楔を打ち込む事だったと言うのか……」
――という誤解が導き出された訳である。
「続けるぞ? では、今回のマナステラの贋金貨はどうなのか? 同じ視点で考えてみよう」
そして、内務卿の迷推理はさらに続く。
「高品位にした理由を始めとして不可解な点が多いが、マナステラという国が何か関係している事は間違い無い。黒幕の狙いの全てはまだ判らんが、我が国とマナステラの関係に狙いを絞っているのだけは確かだと思う。……我が国がマナステラと関わるように誘導しているつもりなのか、逆に関わらないよう牽制しているのか、それは判らんが」
「……黒幕の狙いは、我が国の外交環境を圧迫する事か?」
怒りと感嘆の綯い交ぜになった複雑な声を上げたのは、外務を担当するトルランド卿であった。ここまで遠大な策を講じる相手であったとは……
「……そうすると、我が国が採るべき方針も固まるな」
「うむ。黒幕がマナステラを気にしているというのなら、我が国もその顰みに倣わねばならん」
「マナステラには間諜を送るか? それとも正式な使節を送るべきか?」
「これまで正式な国交がほとんど無かった相手だ。いきなり友好を深めたいと言い出すのもおかしいだろう」
「――だな。ここは冒険者ギルドを動かしてはどうだ?」
「冒険者ギルド?」
「聞けばマナステラでは、つい先頃ダンジョンが不可解な動きを示したそうだ。その点に関しては我が国も同じだろう。そこでだ……ダンジョンに関する情報交換という名目で、マナステラおよびイラストリアとの――冒険者レベルでの――交流を促進してはどうかと思うのだが?」
「うむ……」
ラクスマン農務卿の提案に虚を衝かれた一同であったが、考えるほどに悪くない案のように思えてくる。
「……よかろう。陛下にはその線で奏上してみよう」
――という具合に話が纏まったところで、新たな話題の口火を切ったのはジルカ軍需卿であった。
「ダンジョンで思い出したが……ダンジョンマスターが我が国に敵対している以上、今後もダンジョンを造って何か善からぬ事を企てる可能性が高い。ダンジョンマスターがどこにダンジョンを造るのか、予測できんものだろうか?」
「ダンジョンのでき易い立地か?」
「確か……瘴気の集まり易い場所だと聞いたような気がするが……」
「具体的には、以前にダンジョンがあったか、魔力溜まりがあった場所か?」
「『シェイカー』を名告るやつらが出没している場所には、嘗てダンジョンがあったと聞くが……」
「あの場所は隣国ヴォルダバンの領内だ。ただでさえややこしいこの時期に、こちらから手を出す訳にはいかん」
「国内でとなると……トーレンハイメル城館の跡地はどうだ?」
「フォルカと呼ばれておる場所だな? 確かにあそこなら、ダンジョンの一つ二つ発生してもおかしくないか」
「あとは……オドラントという場所には、嘗てトレントの大群落があったというが」
「オドラントだと!?」
何気無く呟いたラクスマン農務卿の言葉が、レンバッハ軍務卿の顔色を変えさせた。
「……どうかしたのかね?」
「この後で報告しようと思っていたのだが……実は、オドラントの北の国境線近くで、穏やかならざる出来事が進行しているらしい」
「……どういう事だ?」
「実は……」
この後紛糾した討議の結果が、先に述べた木立の伐採強行という騒ぎを引き起こし、結果的にテオドラムをして、クロウたちの「修道会」に目を向けさせる事になったのは、クロウが想像もしなかった影響であった。




