第二百七章 テオドラム発各方面行き困惑便 1.テオドラム王城(その1)
何かと不評なテオドラム篇ですが、今回国務会議篇は二話だけですので、どうかお付き合いを願います。
世が幻の革や陶磁器で騒ぎになっている頃、それらとは全く無関係を決め込みながら、別口で困惑に囚われている国があった。テオドラムである。
革と陶磁器の件で蚊帳の外に置かれたというのもあるが、彼の国は善くも悪しくも質実剛健な気風の上に、統制経済下にあって異国産の贅沢品などが市井に流れる事はほぼ無い。ゆえに奢侈品絡みの騒動とは縁遠いところにあった。
そんなテオドラムを困惑に陥らせているのは、ヴォルダバンで見つかったマナステラの贋金貨であり、それが――選りにも選って――テオドラムの商人が持ち込んだ中から発見されたという事であった。
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「……何かの謀略であるとは思うが……」
「何を狙った謀略なのかがとんと解らんな」
「うむ。またしても贋金などという大仕掛けを行なっていながら、効果の方が今一つに思える」
――そりゃそうだろう。
抑これは「謀略」などではないのだから。
「少しばかり我が国を取り巻く情勢を整理してみよう。周辺国については今更だから省くとして、それ以外の勢力についてみると……まず、明確に敵対しているのは亜人どもだ」
そう切り出したのはメルカ内務卿であった。
「ダンジョンマスターもやはり敵対的だろう。シュレクでの示威行動を見れば判る」
「問題なのは、二度に亘る贋金騒ぎを仕組んだのが何者かという事だ」
「同一者の犯行だと考えるのだな?」
「我が国に贋金騒ぎを仕掛ける者など、そうそういられては堪るまい?」
「……続けてくれ」
「うむ。亜人とダンジョンマスターが明確な敵対を示しているのに対して、贋金の黒幕はどうも旗幟を鮮明にしていない。と言うか、何がしたいのか解らない」
「我が国に対して好意的でないのは確かなようだがな……」
ぼやくトルランド外務卿を捨て置いて、
「贋金に使われた地金が、現在は『ピット』と呼ばれている廃鉱で採れたものらしい事を考えると、ダンジョンマスターが関与している可能性は無視できない。しかしその一方で、あのダンジョンマスターが関わっているにしてはキレが悪い。これが我々の疑問点だったわけだ」
「……で、その答えが見つかったとでも?」
「答えとは言わんが、考え方の糸口は掴んだように思う」
「ほぉ……」
「この問題を、少し角度を変えて眺めてみよう」
興味深げに聴いている一同を見廻すと、メルカ内務卿は話を続ける。
「何者がどういう意図を持って贋金騒ぎを仕組んだにせよ、何らかの目的があったのは確かだろう。では、その目的とは何なのか? 言い換えると、あの騒ぎで何が変わったのか?」
「……黒幕の狙いが成功したと考えるのだな?」
「失敗したと考えるのは楽天的に過ぎるだろう?」
――そんな事は無い。
「……それで?」
「うむ。一回目の……我が国の贋金貨の場合、アムルファンとの関係がギクシャクする事になった。我々はこれを、半ば必然、半ば偶然の結果だと思っていたわけだ」
「……違うと言うのか?」
「偶然ではない――最初から最後まで、黒幕の狙いどおりだったとしたら?」
どよめく一同を見廻して、内務卿は自分の推理を述べる。
「いいかね? 贋金貨……と言うか、贋の地金を仕込まれたのはゲルトハイム鋳造所だけ。沿岸国向けの金貨を造っているゲルトハイムだけなのだ。これが偶然であろう筈が無い。最初から沿岸国を……と言うか、沿岸国向けの金貨を狙い撃ちしたものである事は間違い無い」
「何と……」
「端から黒幕の掌の上だったというのか……」
――違う。
クロウがゲルトハイム鋳造所をターゲットに選んだのは、そこが一番新しく、経験を積んでいないからである。
のみならずクロウの予想では、ヴィンシュタットの北東に位置するゲルトハイム鋳造所は、その位置関係からして当然、マナステラなど東部の国々向けの金貨を鋳造している筈であった。当時のクロウの心底としては、テオドラムの重要な交易相手である沿岸諸国には、別口でマナステラ金貨の贋金を――テオドラムに罪を被せるために、テオドラム金貨と同じ地金で――でっち上げて使用するつもりであったから、そこと被らないように配慮したつもりだったのである。
その後、テオドラムの貨幣改鋳が遅れに遅れた事もあって、クロウは当初の計画をすっかり忘れ、マナステラ金貨の贋金は本物と同等以上の高品位で作製させたのだが……




