第二百六章 革騒動~第三幕~ 4.ノンヒューム
思いがけないイラストリア国王府からの打診を受けて、ノンヒューム連絡会議の面々は困惑していた。
「クリムゾンバーンの革小物が、そこまでの騒ぎになっているのか?」
「バンクスには常駐している仲間がいないからなぁ……」
「クンツもこのところ顔を出してはいないようだし……」
「情報収集の点で、完全に後手に廻っていたな……」
クロウの意を酌んで――本当は違うのだが、連絡会議としては酌んだつもり――人間との交流を深めるべく、クリムゾンバーンの革小物を人間の商人に卸しておきながら、その後の情報収集を怠った。言い逃れのできない失態である……と、連絡会議の面々は感じていた。
「貴族や上流階級の人間たちの間に潜り込むのは難しいとしても、この機に伝手を確立しておくのは悪くあるまい」
「と言うか、これは必須の案件だろう」
「うむ。何より向こうから話を持って来てくれたのだ。これを逃す手はあるまい」
――という勘違いから、イラストリアやマナステラ、沿岸国の希望する展開に進んだのは、関係各方面にとっての幸運であった。尤も、連絡会議の本音は、
「しかし……なんで人間どもは、たかが酒や革や焼き物に、あぁまで執心するのかな?」
「さぁ……だが、それでこっちの立場が良くなるんなら構わんだろう」
「精霊使い様にお伺いを立てねばならんがな」
――というものであった。
権力闘争だの見栄だのに比較的縁遠い――無縁だとは言わない。丸玉の件における女たちの狂奔ぶりを見れば、そうは言えない――ノンヒュームたちにしてみれば、古酒は飲んで楽しむべきものだし、クリムゾンバーンの革小物も――珍しく美しいのは事実だが――実用面で他の革に勝るところは無い。国同士の外交問題にまで関わってくるなどとは、純朴なノンヒュームたちの想定外であったのだ。
それはそれとして、ノンヒュームからお伺いを立てられたクロウの反応であるが、
「別に構わんだろう?」
――というものであった。
クロウとて根は二十世紀日本の小市民である。貴族国家の思惑など、到底理解し得ないのであった。
クロウ本人にしてみれば、単に偶然手に入ったものを有効に活用しようとしただけだ。それで人間に伝手ができれば上出来――という程度の考えだった。欲しいと言うならくれてやればいいではないか。どうせ場所塞ぎで困っていたのだ。
「革に関して言えば、俺は材料を拾って来ただけだからな。加工を受け持つダイムが問題無いというなら、俺がどうこう言う事は無いな。陶磁器に関してもそっちに任せる。俺だと持て余すだけからな」
「ありがとうございます」
斯くして、事態は沈静化へ進むかと思われたのだが……
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「……革の加工を急げ? 当面は焼き物でお茶を濁すんじゃなかったのか?」
訝しげなダイムに向かってホルンが言うには、
「いや、イラストリアはそのつもりだったようだが、相手国があまり乗り気ではないそうなんだ」
「へぇ?」
「他国の人間どもは、焼き物に関心は無いのかな?」
「いや、それがな……家に置いておくしかない食器類よりも、持ち歩ける革小物の方が好いとかで……要は見せびらかしたいという事らしい」
「何だそりゃ?」
「……ほとんど子供の言い草だな……」
呆れ顔のダイムであったが、
「だが、向こうがそれを望むというなら、ここは付き合ってやるしかあるまい」
「けどよ、加工の手間とかあるわけだから、今日明日にって訳にゃいかねぇぞ?」
「そこは待たせるそうだ。要は、こっちから供給するという保証が欲しいらしい」
「そりゃまぁ……待ってもらえるってんなら、幸い革自体は結構な量があるし、少しずつでも作って廻す事ぁできるが……」
「すまんがそうしてくれるか?」
――という仕儀と相成ったのである。




