第二百六章 革騒動~第三幕~ 2.王都イラストリア(その1)
パーリブの身にそんな災難が降りかかっているなどとは、夢にも思っていないのがクロウであり、そしてまた連絡会議の面々であった。
どうやら「幻の革」が評判になっているらしい事は薄々察していても、そこまでの騒ぎになっているとは知らなかったのである。貴族階級の動向に不案内なクロウとノンヒュームたちにしてみれば、これは已むを得ない事でもあった。
――と、諦める訳にはいかないのが、巻き込まれた当人たるパーリブである。顔馴染みのクンツでも店にやって来れば、現在の苦衷を訴える事もできたであろうが……獣人ならではの感覚で何かを察知でもしたのか、チラリとも顔を見せようとしない。ゆえに入荷を催促する事もできない。なのに貴族や有力者からの突き上げは、日に日に酷くなるばかり。
困ったパーリブが泣きついたのが、或る意味でこの事態を生み出した張本人たるローバー卿――軍務卿代理にしてローバー将軍の兄――であった。しかし……
(……そう言われても……現状では迂闊に動く事もできないし……)
泣きつかれたローバー卿も弱り顔であった。
「幻の革」が第二の古酒となる危険を看過するのは拙過ぎる――という判断から、独断での介入に動いたのだが……惜しむらくは一歩遅過ぎた。
既にイラストリア国内のみならず、マナステラや沿岸国にまで「幻の革」の事が知られた後。焦って革小物の在庫を接収したのが、今回は完全に裏目に出た。
卿の強引な介入が市場統制のような形になって、「幻の革」バブルが出来するのは回避できたものの、その反面で……
(……古酒に続いて「幻の革」まで、イラストリア王家が独占しようとしているかのような状況を生み出してしまった……大失敗だな……)
盛大に落ち込むローバー卿であったのだが、国外情勢の変化が状況を変えた。何の事かと言えば、マナステラや沿岸諸国によるノンヒュームたちとの仲介の依頼である。
傍目にどう見えているかはともかくとして、実際のところイラストリア王国とノンヒューム連絡会議との間に、直接的な交流は無い。信じてもらえないかもしれないが、正真正銘に無いのである。
ゆえに、マナステラや沿岸諸国が希望する〝ノンヒュームたちとの仲介〟を叶えるのは、直ぐさまと言われると難しい。
ただ、彼らをして仲介の希望に走らせたであろう代物、すなわち「幻の革」であれば、ローバー卿の意図せざる好プレーによって、或る程度の量を確保できている……
当座はこれで何とか場を繋いで、その間にノンヒュームたちとの伝手を求める――という予定であったのだが……
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「状況は更に変わったって事ですな」
もはや王国府の中枢機関になりつつある国王執務室。今日はいつもの四人に加えて、ローバー軍務卿代理とマルシング外務卿が同席している。
「先だってパーリブからの嘆願が上がってきたんだけどね……革製品の一部を差し戻してもらえないかと言ってきたよ」
溜め息を吐きつつぼやいたローバー卿の言葉尻を捉えるかのように、
「んなもなぁとっくに無ぇでしょうが」
――と、実弟たるローバー将軍が切って捨て、
「まさか、これほど早く品切れになるとは思っていませんでしたから……」
――と、その副官たるウォーレン卿が苦笑いで応じていた。
その事情というのは……




