第二百五章 「緑の標(しるべ)」修道会 8.阻止線の構築案(その1)
『さて、緑化の方針については一応固まった訳だが、問題は――』
『テオドラムの害虫どもをどうやって追い払うかよね……』
精霊たちが害虫扱いされていると聞いて含むところがあったのか、シャノアの言い方も辛辣である。
しかし、言い方はともかく言っている内容は妥当なものであった。折角緑化を進めているというのに、我が物顔をしたテオドラムのコソ泥どもに伐られてしまっては元も子も無いではないか。
『そういう事だ。とは言え、ダンジョン化しないという方針に従えば、「迷いの森」ばりの転移トラップなどは使えんから、ここは一般的な方法に頼る事にする』
ダンジョンマスター改めダンジョンロードであるクロウの言う〝一般的な方法〟。間違い無く〝一般的〟ではないだろうなと思いつつも、ここで問いを発したのは爺さまであった。
『……どういう策を考えておるんじゃ?』
『ごく単純な方法だぞ? テオドラム側に障害物を展開して、森林への接近を阻止してやろうというだけだ』
案に相違して正しく〝一般的〟な方法を提示され、ほほぉと感心しかけた爺さまであったが、
『阻止線! 鉄条網と塹壕ですか!? マスター! マジノ線みたいな!?』
……一般的……
『キーン……もう少し穏当に……堀と石垣……くらいに……しておきなさい……』
『落とし穴なんかもいいんじゃないですか? 主様』
どうやらクロウによる精神汚染は、既に取り返しのつかない域にまで達しているらしい。慨嘆しかけた爺さまであったが、ここで割って入ったのが、意外にもそのクロウであった。
『こらこら。幾らテオドラムのやつらが間抜けでも、そんなもんがあればさすがにおかしいと思うだろう』
おぉ……どうやらクロウにもなけなしの良識は残っていたらしい――と、安堵しかけたのも束の間、
『しかしまぁ、発想としては悪くないな。特に鉄条網』
……やはりこいつは信用できん――と、諦観を新たにする爺さま。
『……で、お主は何を考えておるんじゃ?』
――意外にもクロウの考えは割と一般的で、なおかつ不自然でもなく、しかも素敵に性悪なものであった。
『……棘の付いた灌木のぉ……』
『荊のようなものでもいいがな。それを存分に蔓延らせてやって、近寄る気も失せるようにしてやる。毒草なんかもあると良いな。ちょっと触れただけで気触れるようなやつ。あとは毒虫の食草とか』
聞くだに悪辣なようではあるが、クロウの発想の基になっているのは、生態学で言うところの「マント群落」である。所謂林縁部に発達する植物群落で、林内への風や外気の侵入を妨げる事から「マント」に擬えられており、灌木や蔓植物が多いのも事実なのであった。




