第二百五章 「緑の標(しるべ)」修道会 7.緑化の方針
――さて、テオドラム民に侵蝕された国境沿いの緑化を行なうという方針は決定したものの、では、どういう風にそれを行なうべきか。
『単純に木を植えるだけじゃいけないんですか? マスター』
『それだとテオドラムのやつらを喜ばせる事にしかならんだろう』
環境の改善を念頭に置くクロウにしてみれば、緑化地はその状態を保ってナンボである。という事は、テオドラムのコソ泥どもを近付けないための方策とセットで考えなくてはならない訳で……
『もうダンジョンにしちゃった方が早くない?』
既にマーカスとの国境に、「災厄の岩窟」なんて名代のダンジョンを現出せしめているのだ。今更躊躇う必要などあるまいという、シャノアの意見にも一理を認めざるを得ないであろうが……
『そんな事をすれば、森を挟んで両国の軍勢が睨み合う事になるだろうが。肝心の森が荒れるのは避けられんぞ?』
森林保全の観点から言えば本末転倒だろうという、クロウの指摘に沈黙する事になる。
『そうなると……抑ダンジョンだと疑われては拙い訳ですか』
『おぃおぃ……緑化の主体は修道会って事になる予定なのに、できあがったものがダンジョンだなんて事になったら、退っ引きならない羽目に陥るのはお前らだろうが』
〝大丈夫なのかこいつ?〟――と言いたげなクロウであったが、
『あぁ成る程……こういう境遇になったのは初めてなので、失念しておりました』
……ノックスの側にもそれなりの言い分はあるようだ。
『……まぁ、そのうちに慣れるじゃろうて。それより……』
『緑化と……接近阻害……この……二つを……どうやって……両立させるか……』
『そちらを考えるのが先決でございますな』
『確かにな……』
皆であぁだこぅだと暫く考えた挙げ句に決定された方針は……
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『まず、本命の緑化は挿し木苗によって行ない、挿し穂は現地で調達する』
現代日本で遺伝子汚染の問題に触れているクロウの判断は、現地に自生している植物を用いて緑化するというものであった。
『具体的にはどうするんじゃ?』
『手頃な木を選んで挿し穂を採集し、その場で挿し木を試みる。幸い木魔法持ちと土魔法持ちがいるから、泥縄でも何とかなるだろう』
そう言ってクロウが提案したのは、土魔法で土壌条件を改善、水魔法で給水し、更に木魔法で挿し穂の発根と活着・生育を促そうという、文字どおり魔力任せの方法であった。
しかし、この提案には修道会の長たるノックスから待ったがかかる。
『お待ち下さいご主人様。それだと木魔法持ちと土魔法持ちが必須になりますが……?』
緑化の実働部隊を任せられた「緑の標」修道会であるが、「修道士」の実態は元・テオドラム兵のアンデッドである。魔法が使える者など数えるほどしかいない。ノックスが懸念するのも宜なるかなと言えた。
『眷属の方々に協力戴けるのですか?』
『いや、使い捨ての魔道具……と言うか、魔術符のようなものを使えないかと考えている。幸い、魔石は幾らでもあるからな』
クロウが暇に飽かせて量産している魔石であるが、保有する魔力が強大過ぎるのが仇となって、今に至るも用途が定まっていない。ここで使わずにどこで使うと言うのだ。
『クロウの魔石を使い捨てって……どんな魔の森を生み出すつもりなのよ……』
『ダンジョンを造るつもりは無いなどと言うた、その舌の根が乾かぬうちにこれじゃからな。こやつには任せておけんのじゃ』
『いや……幾ら何でもそこまでは……』
今以て現状認識に難のあるクロウを噛んで含めるように諭した結果、微小な魔石を量産して使用するという方針が決定される。
『いや……こんなに小っぽけな魔石で大丈夫なのか?』
『問題……ありません……』
『と言うか、この大きさでのぉては問題があるわい』
『まぁ、試してみる分には構わんが……』
――という流れで、取り敢えず緑化の方針については固まったのであった。




