第二百五章 「緑の標(しるべ)」修道会 6.蝕まれた国境林
――と、「緑の標」修道会設立の経緯についてこれまで語ってきた訳であるが、ここで場面をフルック村に戻すとしよう。
拠点も人員も揃った事だし、そろそろ修道会としての活動を開始しようとしたノックスが、どこか緑化すべき場所の心当たりは無いだろうかと村長に訊ねたところ……
「……テオドラムとの国境――ですか?」
「んですだ」
――予想外の答えに困惑させられる事になった。
「何しろはぁ、あん国は森をすっかり伐っちまったもんで、日々の薪にも事欠くちゅうて、国境の森を荒らしとるそうで……」
「はぁ……」
昨年の暮れに、冬越しの燃料に窮したグレゴーラムの連隊司令官が、あろう事かイラストリアとの国境沿いの森で盗伐を指示し、クロウ配下のモンスターの返り討ちに遭って壊滅した一件については、ノックスもクロウたちから聞かされている。ただ、あれは特殊なケースだとばかり思っていたのだが……どうやらそうではないようだ。
フルック村の村長の話を聞く限り、テオドラム国内で消費されている燃料の一部は、イラストリア領内から不法に調達されたものであるらしい。
「目に余るっちゅうて小言を云うと、逆恨みして凄んでくるっちゅうでな。時にゃ兵隊まで引き連れて脅し付ける事もあるっちゅうから、こらぁ穏やかではねぇで……」
「ははぁ……」
兵士が同行しているというのは、恐らく上官も黙認しているという事だろう。
テオドラム国民の事情には憐憫の情を覚えなくもないが、だからと言って自国の森林が蚕食されるのを座視しているのも業腹だ、況して兵士の暴力を笠に着るような相手に……というのが、一般的なイラストリア国民の感覚のようだ。
(……これは……自分の一存で判断しない方が良いな……)
事がテオドラムに関わってくるとなると、主人であるクロウの判断を仰いだ方が間違いが無い。
そう考えたノックスは、魔導通信機によってクロウに連絡を取った。
・・・・・・・・
『成る程……あの尾根が両国の国境だというなら、かなりの森林が盗伐の被害に遭っているようだな』
ノックスからの報告を受けたクロウは、ともかく現場を見なくては始まらないと、ノックスに持たせていたダンジョン壁の欠片を目印に転移して来た。そうして現場の状況を視察した結果が、前述のような感想となったのである。
実際に、尾根の少し手前側を境にして、緑豊かなイラストリアと荒涼たるテオドラムの領地が見事な対比を見せていた。
ただ見ているだけの傍観者であれば〝見事〟などという感想で済ませる事もできようが、実際に現地で生活する者としては堪るまい。しかし、だからと言って無法な盗伐を黙認し続けるのにも限度がある。
『……確かにこれは、国同士の争いに発展する前に、手を打っておいた方が良いだろうな。……それをダンジョンマスターである俺が行なうというのが、少しアレだが……』
クロウの言うとおり、状況としては確かに微妙だが、ここで国に陳情などしていては、いつ目星が付くやら知れたものではない。官僚機構の中で盥廻しにされているうちに紛争勃発などという事になっては、それこそ泣くに泣けないではないか。
『けど主様、尾根沿いは、ず――――っとこんな感じですけど?』
『それなんだよなぁ……』
盗伐の現場がここだけというなら、クロウもここまで悩みはしない。問題なのは、テオドラム国民による盗伐が国境線の全体に亘って広がっている事であった。
『……仕方が無い。この際だから乗りかかった舟と諦めて、尾根沿いに緑化を進めていこう。手間と時間と魔力をかければ何とかなるだろう』
手間と時間に加えて「魔力」を費やすというクロウの宣言を聞いて、〝あぁ、それなら確かに何とかなるだろう〟――と、納得する眷属たち。何しろ一夜にして「災厄の岩窟」や「誘いの湖」を創り出したクロウの魔力である。尾根の緑化など何ほどの事があろうか。
『……いや……幾ら何でも、ダンジョン発生かと疑われるような事はしないからな?』




