第二十六章 エルギン男爵領 1.洞窟
クロウがエルギンの町へ出かけます。
『お主、このところは珍しく大人しくしとるのぅ』
その朝洞窟へ出向いた俺にそんな失礼な言葉をかけてきたのは精霊樹の爺さまだ。
『ご挨拶だな、爺さま。俺は別段騒ぎを起こして回ってるわけじゃないぞ?』
『ほぅほぅ、どの口でその世迷い言をほざくんじゃ? お主がこれまで引き起こした騒ぎがどれほどあると思うておる』
『血に飢えた殺人狂じゃあるまいし。俺はただ、目立たず静かに引き籠もろうとしただけだぞ? そもそも何でそんな事を言い出した?』
『むぅ。いやな、一頃は贅沢三昧だの諸国漫遊だのと騒いでおったくせに、このところ憑き物が落ちたように静かなもんでのぅ』
『ああ、それか……』
先日エルギンの町に出かけたところ、ひょっこりホルンのやつに出くわして、あいつの連れの獣人にドラゴンの革を売る羽目になったんだよな……。目立たず静かに暮らしたいのに、何でこう余計な苦労を背負い込むのかね。まさかクロウって名前のせいとかじゃないよな?
『ふ~む、つまり出かける度に順調に悪目立ちしておるもんで、町へ出るのが億劫になったと』
『ま、当面必要なものは買い揃えたしな。散財して目立つ必要もないからな』
『で、今後はどうするんじゃ? エルギンの町で買い物を続けるのか?』
『問題はそれだな。エルギンへ出るとホルンやダイム――件の獣人だ――に出くわす危険があるし、更にはその知り合いにも目をつけられるかもしれん。それを考えると、他の町を物色した方がいいような気がしてなぁ……』
『そしてまた、新しい知り合いを増やすんですか? マスター』
『他の町まで評判のネットワークが広がるだけではございませんか?』
『エルフや……獣人の間に……留めておく方が……ましかも……しれません』
『三名の言う通りじゃな。今のところドラゴンの素材を渡したのは亜人だけ。人間の間にまで余計な評判を広げぬ方がよかろうよ』
むぅ。そう言う見方もあるか……。
『それで? わざわざこんな事を言い出した本当の理由は何だ?』
『……ふむ。話が早いのぅ。実は王都をうろついておった精霊が言うには、王家が何やら動いておるようでな。しきりに王の執務室で密議をこらしておるようじゃ』
『密議?』
『王と宰相、それに軍人トップの二人だけ。余人を交えぬ会合を、それも人目を避けて早朝に持っておるというのが密議でなくして何なのじゃ?』
『内容は判るか?』
『さて、そこまでは精霊も。ただ、時折バレンとかヴァザーリ、モローなどという言葉が混じっておったとか』
『……ふむ。何らかの調査が必要。しかし、俺が王都に出向くのは危険が大きい。爺さまはそう言いたいんだな?』
これは……どうしたものかね?
『そう言えば、マスター、結局エルギンでは、素材屋に行きませんでしたね』
ふむ。そう言えばドラゴンの革のどさくさで、素材屋に手蔓を繋ぐのを忘れていたな……。
もう一話投稿します。




