第二百五章 「緑の標(しるべ)」修道会 5.「司教」と呼ばれた男(その2)
『……自分は生前、アンデッドと雖も神の御心に沿って存在しているものではないかと思っていましたが……死んでからこういう依頼を受けるというのも、神の御心の為せる業なのでしょうか……』
……その手の宗教論争には立ち入りたくないな。地球じゃアンデッドなんてものは存在していなかったし、俺が蘇らせたアンデッドは――こっちの世界の基準でも――少し変わってるみたいだし……
……マリアなんか、死んだ後に太るなんて稀有な体験をしたみたいだし……フレイも死後に背が伸びたとか言ってたしな……。TRPGは散々やったが、アンデッドが成長するなんて設定は無かったよなぁ……
『……は? アンデッドが成長?』
――いかん! 声に出てたか。マリアやフレイの個人情報を、軽々しく漏らす訳にはいかん。……バレたら何を言われるか……
『あ~……いやな……』
何と言って誤魔化すか……あ、そうだ……
『……以前に俺の世界から持ち込んだ乾燥酵母を復活させて、酒を造った事があってな。あれも見ようによっては、酵母のアンデッドを殖やした事になるんじゃないかと……』
……あのサプリ錠、元はビール酵母なんだろうが、【鑑定】では生きていないって出てたからなぁ……
『――何と! 神はアンデッドにそこまでの事をお許しになったのですか……』
……誤魔化せたらしいのはいいが……予想外に食い付いてきたな……
『あー……言っておくが、別に俺はこの世界の神に呼ばれてやって来とかじゃないからな? どっちかと言うと、この世界の神にとって、俺の存在は目障りだと思うぞ』
結果的に色々やらかしてるらしい自覚はあるが……抑、俺はこの世界のルールを知らんからなぁ……。言うなれば不可抗力だよな、うん。
『いえ……それも含めて、神がお認めになった事なのでしょう。……今こそ確信が持てました――自分の主張は間違ってはいなかったのだと』
『そ、そうか……それで?』
『はい。どうかこの身をお役に立てて戴きたい』
・・・・・・・・
こういった次第で、俺はノックスを仲間に引き入れる事ができた訳だ。
――あ、〝ノックス〟というのは「司教」の新たな名前だな。
修道会を率いる者を「司教」呼びじゃ何だし、生前の名前は捨てて新しい名前が欲しいと言うもんだから、不肖この俺が名付けた訳だ。
生前の本名はエヴァン・ディーンといったそうだが、その響きから推理作家の「ヴァン・ダイン」を連想して、ヴァン・ダインといったら「ヴァン・ダインの二十則」だし、そこから「ノックスの十戒」を連想したのは、物書きの端くれとしておかしくはないだろう。幸い、本人も気に入ってくれたようだし……余計な事まで言う必要は無いよな、うん。
――で、大過無く責任者も決まったという事で、修道会のメンバー選定を急いだ訳だ。
修道会――投票の結果、名前は「緑の標」修道会に決まった――の表向きの活動は植樹と緑化による魔力環境の改善だが、その裏では各地の情報収集を行なう事が決まっているし、その事はノックスにも説明してある。ただ情報収集とは言っても、潜入工作のようなものは元から想定しておらず、地政学的な情報や噂話を集める程度が目的だったから、ノックスも問題無いと承知してくれた。
とは言え、そういう裏の目的に加えて、自分たちの素性が素性なので、或る程度の腹芸はできる必要があるという事で……
『これが一次選抜の結果か?』
『はい。人数が多いので、先に質問票形式で絞り込みました』
詐欺師の適性が必要になるんじゃないかという事で、オッドが中心となってメンバーの選抜を行なった訳だ。二次試験はオッドたちによる面接だな。
ともあれ、こうしたアレコレを潜り抜けて、「緑の標」修道会としての活動が始まった訳だ。




