第二百五章 「緑の標(しるべ)」修道会 3.「司教」捜索隊
本格的な活動を始めようという「緑の標」修道会が、最初にどこの緑化を手がけるのか。
興味を引かれる問題ではあるが、その前に……さっきから村人の一人と話し込んでいる男の素性に目を向けるとしよう。
会話の端々から、どうやらこの修道会のリーダーもしくは幹部のような地位にある者ではないかと窺い知れるが……そのとおり。彼こそはこの「緑の標」修道会の指導者……と言うか、対外的にそういう役どころを演じるべく、クロウによってリクルートされた人材――エメンとオッドにより推薦された、通称「司教」なる人物であった。
この辺りの経緯について、少し振り返ってみるとしよう。
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先々月の末、オッドとエメンの二人から、「修道会」を率いるに相応しい人材として「司教」の名を聞いてから、クロウはその「司教」なる人物の所在を突き止めるべく人員を派遣した。その任に当たったのは、ニールたちのパーティである。
クロウも便利重宝に使い倒している自覚はあるが、現状でニールやカイトたち以外に動かせる手駒が少ない。部下の数こそ四千名に迫るが、その大半は元・テオドラム兵のアンデッドであり、この手の任務に長けた者は少ない。こういった捜索任務には、それなりの知識と経験が必要なのである。カイトたちが諸国漫遊……ではなくて、巡察の任に就いている現状では、ニールたちを当てにするしか無いのであった。
とは言っても肝心の「司教」が、異端者として協会関係者に追われ行方を晦ましているため、首尾好く見つかるかどうかは運否天賦のところがあり、それはクロウも重々承知している。なので、半ば駄目元のつもりで派遣した訳であるが……一応、少しでも見つける可能性を高めるための一工夫として、クロウはニールたちのパーティに怨霊を同行させていた。丁度一年ほど前、リーロットの郊外でテオドラム兵を返り討ちにした時に、ニールたちと行動を共にしていた怨霊であるため、互いに気心も知れている。怨霊にあるまじき事に聖魔法による治癒が使えるため、そっち系の人員を欠くニールたちのパーティには打って付けの人材――人ではないが――でもあった。
尤も、クロウが怨霊を同行させたのは、万一「司教」が死んでいた場合――オッドとエメンは、その可能性は低くないとみていた――に、発見と交渉を容易にするという狙いもあったが。
そして……追跡班に怨霊を加えた成果は、些か妙な形で現れていた。
『参加希望者? ……またか?』
「へぇ……」
距離があるため魔導通信機を介してであるが、クロウとニールが微妙な声音で話しているのは、ここ暫くの間チラホラと現れている、クロウ陣営への参加希望者の事である。ただし、普通の希望者なら二人ともここまで妙な顔色声色にはならない。二人の態度が微妙なのは、件の「参加希望者」が、揃いも揃って生者ではないからである。
ニールたちに同行した怨霊が、幽霊仲間への訊き込みのついでに自分たちの境遇を話したところ、それを羨んだ幽霊たちが挙ってクロウの傘下に入る事を希望したのであった。
『……我が陣営は有能な人材を常に欲している――生死を問わずな』
「それじゃ、今回も採用って事で?」
『死してなお自我を保っていられるような幽霊なら、有能な事は間違いあるまい』
「はぁ……」
クロウの脳裏に浮かんでいるのは、嘗てフォルカことトーレンハイメル城館跡地で出遭った怨霊たちの事である。長年の怨みに自我も存在感も擦り切れて、ただ宙に向かって恨み言をブツブツと呟き、あるいは言葉にもならない事を泣き叫ぶだけで、他者と会話しようなどという高尚な能力を残す者は見当たらなかった。彼の地の亡者の事を思い出すにつけ、自我を保って話ができる幽霊がどれだけ貴重な存在であるのか、クロウはしみじみと理解したのであった。
ちなみに、未練や執着に縛られている筈の亡霊たちを何事も無くリクルートできているのは、クロウの死霊術の効果……などではなく、ニールたちに同行したシュレク出身の怨霊の働きによるものであった。
やらかし魔のクロウが、選りにも選って怨霊に聖魔法など与えたせいなのか、それとも本人に元々その素質があったのか……ともあれ彼の怨霊は、今やちょっとした死霊術師並に、亡霊たちとの交渉や地縛霊の未練からの解放などを熟せるようになっていたのであった。
同じ幽霊同士という事で、リクルートを受け容れ易かったというのもあるだろうが、
「今じゃ俺たちより亡霊の方が多いですからね……」
『……捜索の人手は多い方が好いだろう。……こういう形での増員は想定していなかったが……』
斯くして、雪だるま式に膨れ上がったマン(?)パワーにものを言わせる形で、ターゲットたる「司教」の行方が知れたのは、予想よりも大分早い時期であった。




