第二百五章 「緑の標(しるべ)」修道会 1.フルック村
「死霊術師シリーズ」の新作「片腕の証言」を投稿しました。宜しければご覧下さい。
――その日、リーロットから少し離れた位置にあるフルックという小さな村で交わされた会話は、或る意味でこの国・この時代の行方を決定づけるものであった。
「……いやぁ本当に……初めて会った時にゃあ、一体何かと思っただよ」
「無理もありません。このような怪しい風体の者たちが、前置きも無くゾロゾロとお邪魔したんですから」
自ら〝怪しい風体〟と言うだけあって、話をしている片割れの格好は確かに奇妙なものと言えた。
白を基調とした長衣にフードは、この国でも聖職者などに能く見られる格好であり、それだけなら〝怪しい〟と言うほどのものでもない。そんな彼をして〝怪しく〟見せているのは、偏にその面体にある。何と彼は目の周りを覆う仮面を着けているのだ。縦横斜め裏表のどこから見ても、敬虔な聖職者の姿ではない。寧ろどこかの秘密結社の正装かと言うのが、一番近いだろう。
見慣れた筈の長衣とフードが、仮面を着けるだけでこうまで怪しくなるのだから、これは或る意味で感心に値する。成る程、出初めて出会った――心情的には出遭った――村人が警戒心を募らせたのも、無理からぬ事であったろう。
「このような姿をとらざるを得ない事については、我々としても内心で忸怩たる思いはあるのですが……」
「お偉方との余計な諍いを避けるためっだてんならなぁ……」
――そろそろ彼らの正体について明かしておこう。
異様な風体の人影は、現在村人と話している一人以外にも、周りのそこかしこに数名が佇んでいる。
彼らはここフルック村に最近になって拠点を構えた「緑の標」修道会のメンバーたち……と言うのは勿論表向きの説明で、その実はクロウ指揮下の情報組織である。尤も、表向きの仕事である荒廃地の緑化による環境魔力の回復というのも、手を抜かずに行なう予定であった。寧ろシャノアたち精霊にとっては、こちらの方が本命であろう。
そんな彼らが仮面を着けて面体を隠しているのは、それは確かにクロウの配下――元・テオドラム兵のアンデッド――という身許を隠すには好都合だろうが、世間を納得させる理由にはなり得ないだろう。と言うか、大っぴらにできる説明ではない。ならば、どういう理由を持って納得させたのかと言うと――
「他所の宗門のお人と協力して働く事に目くじらを立てるお偉いさんが、そんなに多いたぁなぁ……」
「えぇ。宗門を超えた協力を得られた事が、却って仇となりました。無理解な上司や朋輩の反感から身を守るためには、こうやって顔を隠すぐらいしかできず……」
――という、些かこじつけめいた説明であったが、これが思いの外に共感を得る事ができていた。下っ端がお偉方の無理解に悩まされるのは宗教界でも同じという事を知って、謂わば被害者同盟的な共感を抱いたのかもしれない。
ちなみに、マスクと長衣というこの格好であったが、これが今のデザインに落ち着くまでには、それなりの紆余曲折があった。
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顔を隠す必要性とその口実については早々に承認を得られたものの、どういう風に顔を隠すのかという点が少しばかり紛糾したのである。
最初に出された案は、頭部全体をすっぽりと包むマスクというものであったが、
〝――いや、それだと「シェイカー」を連想させかねないんじゃないか? 怪し過ぎるという点を別にしても〟
〝確かに、余計な関心を引くのは好ましくありませんな〟
――という反論の下に没となる。
次いで挙げられたのが、目の下から喉元までを白覆面で覆うというものであったが、
〝……マスターの世界の「ギンコウゴウトウ」って、こういう感じなんじゃなかったですか?〟
〝今時の銀行強盗がこんな形をしているとは思えんが……記号的には確かにそういう感じだな〟
〝……「ギンコウゴウトウ」というのがどういうものかは不勉強にして存じませんが……これだと食事が面倒になりますね〟
〝それに、表情が判らな過ぎて不気味じゃない?〟
〝まぁ、出歩く度に不審人物として訊問される事になるじゃろうな〟
――という意見の前に退けられる事になった。
次に候補に挙げられたのは、単純にフードを目深に被るという方法であったが、
〝……申し訳ありませんが、これでは充分な視界を確保できません。兵を預かる者として同意しかねます〟
〝それに主様、これだと強い風が吹く度に、フードが捲れて顔が剥き出しになっちゃうんじゃないですか?〟
〝覆面の意味がぁ無ぃですぅ〟
〝親近感は……与えられる……かも……しれません……お間抜けな……感じで……〟
〝……却下だな〟
結局は駄目出しと妥協の産物として、どこぞのアニメの登場人物のような仮面に落ち着いたわけであるが……




