第二百四章 変転、贋金騒動 7.マナステラとテオドラム
少し長めです。
あまり表沙汰にできない話であるが、嘗てテオドラムが得た金塊は、実はイラストリア国内にあった金鉱から盗掘したものであった。建国当時で国境線が曖昧だったのを好い事に、イラストリアの気付かぬうちに根刮ぎ掘り尽くしてしまったのである。金を掘り尽くして廃坑となったその場所に成立したダンジョンこそが、彼の「ピット」なのであった。
そして……件の金鉱で得られた金には、夾雑物の組成に特徴があり、他産地の地金とは容易に区別できたのである。
クロウは元々この特異性を利用して、自らが造った贋金をテオドラム産であるかのように見せかけるという計画を持っていたのだが……エメンに命じてマナステラ金貨の「本物」を造らせる時に、あろう事かクロウはこの件をすっかり失念していた。
エメンの方はと言えば、これもクロウの深慮遠謀の一つであろうと考えて、精魂傾けてマナステラ金貨の「本物」を造り上げたのである。
些か前置きが長くなったが、ともかく斯くいった次第で、件のマナステラ金貨がテオドラム産なのではないかと疑われていたのである。
商業ギルドは、金の成分云々の情報については秘匿する方針を固めたものの、奇妙な金貨が発見されたのは事実であるとして、マナステラおよびテオドラムの両国に対して問い合わせを発したのであった。
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「……どういう事なのだ……?」
不得要領な声を上げたマナステラ国王であったが、彼の困惑を払い得る者はいなかった。
「……商業ギルドが機密指定で寄越した情報では、件の『贋金貨』に使われている金は、テオドラムが蔵しているものと成分的に酷似している由」
「……テオドラムが犯人だという事か?」
「いえ。問題の地金については、テオドラムの旧金貨を鋳潰せば手に入りましょう。即断するのは危険かと」
「テオドラムが犯人だといたしますと、自国で新金貨を造りながら、同じタイミングでマナステラ金貨の『贋物』を放出した理由が解りませぬ。徒らに負担を増やすだけの筈」
「然様。テオドラムに罪を擦り付けたい何者かが謀った事やもしれず」
「問題はそこだ。これは……『罪』になるのか……?」
正規の金貨より品位に劣るものを金貨と偽ったのなら、これは誰が見ても立派な犯罪であろう。しかし……正規の金貨と同等以上の品位を持つものを私鋳した場合……?
「通貨発行権の侵害に当たるのは事実です。ただ……これを殊更に騒ぎ立てて大事にするのが、我が国の国益に適うかと言われると……」
「この『贋金貨』が大量に放出された場合、我が国の経済が混乱する可能性はありますが……現時点ではそのような気配は見られず……」
「経済戦という観点から見るなら、どう考えても採算が合わない気もいたしますし……」
「つまり……何者が、何の目的で、このような真似をしでかしたのか。まるで判らんという事だな?」
国王の問いかけに答え得る者はいなかった。
「……とりあえず、この件に関しては静観するとしよう。我が国への悪影響も現時点では確認されていないようだしな」
・・・・・・・・
「……どういう事なのだ……?」
ところ変わってこちらはテオドラム。
不得要領な声を上げたテオドラム国王に対して、答え得る者がいなかったのはマナステラと同じであったが、商業ギルドからの成分情報を聞いてからの反応は、マナステラの場合とは一線を画していた。
「地金の成分が旧金貨のそれと似ている?」
「あの金鉱は……確か今は廃坑になって……そこには『ピット』というダンジョンができているのではなかったか?」
「ダンジョンだと!?」
「では――ダンジョンマスターが仕組んだ事だと言うのか!?」
論理展開は短絡的の誹りを免れ得まいが、結論だけ見れば正解である。
「金か……確か『災厄の岩窟』でも得られていたな……」
ポツンと呟いたファビク財務卿。そして、その彼にギョッとしたような視線を向ける国務卿たち。
「……あの『災厄の岩窟』のダンジョンマスターが一枚噛んでいると?」
「判らん。……だが、『災厄の岩窟』では地質上からも、金は出て来ない筈だとか言ってなかったかね? 出る筈の無い金をどこから持って来たのか……話題になってはいなかったか?」
「……『災厄の岩窟』で得られた金の分析結果はどうなっている?」
「直ぐに確かめさせよう」
ファビク財務卿の着眼は正鵠を射ていたが、この時の確認作業は失敗に終わる。
基本的に抜け目の無いクロウが、余計な情報を与えるのは拙いだろうと、予め不純物の一切を除去していた……と言えたら話は簡単なのだが、実際のところは少々違っていた。
まず、「災厄の岩窟」の金鉱石の出所を明かしたくないクロウが、「ピット」の金鉱特有の夾雑物を除去しようとしたのは事実である。しかし、ここでクロウは気が付いた。「ピット」の金鉱石の母岩が、「災厄の岩窟」のそれと同じだとは限らないのではないか? もしもそうだとしたら、母岩と一致しない金鉱石が出土したりすれば、どこからか持って来たものだという事が丸判りではないか。
ごく至当な懸念を抱いたクロウは、その打開策として、錬金術で母岩から金のみを抽出して、「災厄の岩窟」の岩に混ぜ込むという方法を採ったのであった。その結果……母岩とも言えないような岩石の中に、大粒の金がゴロリと入っているという、この世界の金の産出状況――銀や銅などと一緒に産出するのが普通で、含有量ももっと低い――とは、著しくかけ離れた事態となっていた。
尤も、テオドラムの財務局もダンジョンにおける金の産出状況までは知らず、多少の違和感を感じながらも、ダンジョンではこれが普通なのかと考えていたため、問題が表面化しなかったという事情がある。この件は後に発覚して、新たな疑念を育む事になるのだが……それはともかく、「災厄の岩窟」産の金鉱石に、「ピット」特有の夾雑成分は含まれていない。
だが、その事を国務卿たちが知るのにはまだ時間が必要であった。
「成分分析の結果次第だろうが……少なくとも、今回発見されたというマナステラ金貨に、我が国の……『ピット』産の金が使われていたのは事実らしい。この事が何を意味するのか」
「いや……旧金貨を鋳潰した地金を使っているのかもしれんぞ?」
「だとしても、本質的な問題は変わらんだろう。この件を仕組んだ何者かは、どういう狙いでその地金を使ったのか――という事だ」
「……『ピット』に注意が集まるのを防ぐための囮……か?」
「考えられなくはないが……だとしても、マナステラを持ち出したのはなぜだ?」
「……適当に選んだだけではないのか?」
「あの強かなダンジョンマスターに、〝適当〟などという指し手があると?」
――しょっちゅうある。
「うむ……それを言われると……」
「抑だ、今の段階ではどちらが囮でどちらが本命なのかの判断は下せまい。あのダンジョンマスター相手に、軽率な判断は命取りになりかねん」
「確かに……」
テオドラム国務会議の夜は徒に更けていくのであった。




