第二百四章 変転、贋金騒動 4.ヤルタ教中央教会(その3)
沿岸諸国がヤルタ教を敵に廻す理由があるだろうか?
否――と言いそうになった教主であったが、いやいや待てよと思い直す。
古来、宗教が原因で家を割り国を割った例など幾らでもある。ヤルタ教のせいで商業ギルドが割れるのを嫌って、事前に手を打った――とは考えられないか?
(商業ギルドは国ではないからな。禁教などの強制力は持たぬ。或る意味では国以上に宗教を警戒する立場にあるとも言えるが……)
正直……考え過ぎのような気がしないでもない。
(……いや……待て……確か沿岸国と言えば、亜人どもとの伝手を熱望しているという噂があった。イラストリアに使節を送るとも聞いた。……イラストリアと亜人の双方に反目するわがヤルタ教を、手土産代わりに潰すとでも言うのか?)
軽々に決めてかかる訳にはいかないが、沿岸国が重要な容疑者であるのは間違い無いようだ。ならば探りを入れるべきではないのか?
(……じゃが……探ると言うても、何を手懸かりにすればよいのだ?)
手懸かりになりそうなものと言えば、贋金に使われた筈の金地金を買い集めたであろうという事ぐらいだが……名だたる沿岸国の商業ギルドを相手に、商取引の痕跡を探し出す? 成功しそうな気がしない。
それに、真っ当に買い集めたのかどうかも怪しい気がする。非合法な手段で集めたとなると、噂を探るのすら難しいだろう。
(……しかし待て……沿岸国の商人どもが何か悪巧みをしたとしても、贋金造りなどという手段に訴えるか?)
テオドラムの威を落とすだけなら、贋金造りというのはあまりにも費用対効果が悪くないか? 一味とも言えるイスラファンの商人に損を負わせる訳にいかぬから、早々の告発に踏み切ったのだろうが……お蔭で一発芸のような形に終わってしまった。テオドラムの悪評を広めるという意味では、物足りないのではないか?
(いや……強欲な商人どもの事だ。必要経費の回収とかほざいて、どこぞで贋金を使いたかったのであろう。上手く立ち廻ればその責めも、テオドラムに擦り付ける事ができたであろうからな)
その目論見は、テオドラムが早々に新金貨を引っ込めた事で潰えた訳であるが……
(欲の皮の突っ張った商人どもが、そう素直に諦めるか? 熱りの冷めた頃を見計らって、再びどこかで贋金を使う肚なのかもしれぬ……)
……いっその事、餅は餅屋という事で、テオドラムの商人に探らせるか?
そこまで考えた――妄想を進めたとも言う――教主であったが、ふと別方面からのアプローチも可能ではないかと気が付いた。
(……待てよ……? 仮に沿岸国の手先が動いておったとしても、そやつらが向かった先は贋金を仕込んだテオドラムか、屍体を埋めてあったイラストリアであろう。ならば……冒険者ギルドかどこかに手を廻して、見知らぬ者が流れて来なんだかを調べるというのはできぬのか? エメンめの人相書きを片手に、沿岸国を尋ね歩くよりはマシかもしれん。……そうすると……問い合わせる先はヴァザーリか? あそこならまだ幾ばくかの伝手は残っていよう。欲を言えば他の場所でも訊き込みをさせたいところじゃが……生憎リーロットには伝手が無いし、ヴァザーリ以外に手を廻すとすればニルとサウランドであろうか? どちらも直接の手蔓は無いが、テオドラムの筋を辿れば何とかできるかもしれん……)
もしも教主がリーロットに人を遣っていたら、クロウたちの「修道会」とニアミスに至ったかもしれないし、少なくとも噂ぐらいは耳にしたかもしれない。しかし、現実にはその芽は早々に摘まれたのであった。




