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第二十五章 クレヴァス 2.防衛兵器の開発

ついに重砲の開発に着手しました。

 少しは期待していたんだが、さすがに錬金術で砲身を造るのは無理があった。なので、ダンジョンマジックをフル活用して砲身を形成したのだが、曲がりや歪みを無くすのは慣れるまで結構手間だった。

 試験用の小口径砲を作製して射出実験を行なったが、早速問題に直面した。


『やはり魔石だけでは駄目か……』


 そもそも大砲というのは、燃焼によって生じたガスが急激に膨張する時の圧力によって砲弾を高初速で撃ち出す兵器である。ゆえに急激に膨張するガス無くしては、そしてそのガスを生み出す火薬の存在無くしては、大砲の実現は不可能である。魔石は単に熱エネルギーを発するだけの機能しかない。砲身内で加熱された空気だけでは、砲弾を飛ばすだけの膨張圧は得られなかった。


『マスターの世界では、どうやってたんですか?』

『火薬という物を使っていた。急速に燃焼してガス化する物質だな。花火にも使われていたぞ』

『それってぇ、作れませんかぁ?』

『簡単な黒色火薬なら、硝石と硫黄、木炭があれば作れるぞ。充分な量の原料を集めるのが面倒なのと、調合が比較的簡単だから、原料を知られたら他のやつらも火薬を作るかもしれんというだけだ。と言うか、この世界には火薬はあるのか?』


 残念ながら――と言っていいのか――こちらの世界には火薬はまだ無いらしい。しかし爺さまが代用品の心当たりがあると言い出した。


『要は急速に燃え尽きて煙になればよいのじゃろう? 火魔法殺しと呼ばれる植物モンスターがおるのよ』


 うっかり火魔法で攻撃したら爆風に吹っ飛ばされるので、火魔法殺しの名で嫌われているモンスターがいるらしい。実験用には枝の一本もあればいいから、さくさく切り取ってこようかね。何ならダンジョン内で栽培するのもありだろうし。



・・・・・・・・



 試しにちょろっと火魔法殺しを手に入れて、粉末に加工したものを使ってみたが、黒色火薬よりは綿火薬に近いようだ。燃焼特性も装薬に適しているし、これなら使えるな。錬金術で上手くやれば、これを元に無煙火薬を合成することもできるかも知れん。威力が物足りなくなったら試してみるか。しかし今回はこのまま使おう。


 装薬に用いた火魔法殺しの燃焼特性から、砲身長など砲の構造を決めてゆく。今回はドラゴン退治が主目的だ。交戦距離は短めになるだろう。直接照準の直射でいいが速射性は求めたい。


 砲の威力だが、少なくとも前回と同じくらいは必要だ。前回のドラゴン迎撃戦では地球――じゃないかもしれんが、どちらにせよこの星の自転速度を射出のエネルギーに変えた。秒速にして約四七〇メートル。これと同等以上の初速は必要になる。マンションに戻ってインターネットで資料を(あさ)る。ドイツ軍の七十五ミリ戦車砲の初速が、二十四口径の場合で毎秒三八五メートル、四十三口径で毎秒七四〇メートルとあるから、これを参考にしようか。しかしドラゴン相手だと、七十五ミリなんて豆鉄砲じゃ通用しないだろう。大口径砲が必要だが、無闇に大きくするより前回と同程度か少し大きいくらいにするか。開発時間の短縮のため、砲弾は単なる球形にして、ライフル砲化は見送ろう。


 外部の者に砲声を聞かれるのを避けるため、「流砂の迷宮」内の砂漠で試射を行なう。「還らずの迷宮」だと狭すぎて無理だからな。標的代わりの砂山に向かって発砲すると、砲弾は砂の中に深く食い込んだ。


『申し分ない……威力……ですね』

『いや、駄目だ。発砲の反動で撃つ度に砲座が後退してる。これでは正確な照準を保てんし、いちいち元の位置に戻していては連続射撃は不可能になる。駐退機の開発が必要だ』

『駐退機……ですか?』

『あぁ、砲身だけを後退させるようにして発射の反動を吸収し、砲自体の位置は後退させずに済むという仕組みだ。あとは、後装式にして装填の時間も短縮しないとな。そのためにはガス漏れの対策も確立しなきゃならん。やることは多いが、ゴールが見えている分やりやすいのが救いだな』


 砲座の旋回、仰角の調整、照準、再装填などの面倒なことは全てダンジョンの能力に丸投げしたが、一応要塞砲としての機能を備えたものが一門できあがった。それを見た――いや、開発中から興味津々だったんだが――ロムルスとレムスの食いつきがもの凄く、自分たちの迷宮にも配備したいと言い出した。気持ちは解らんでもないが、ダンジョン内では使えんぞ?


『一応は大軍が押し寄せてくる場合も想定しておきたいので』

『接近する前に敵兵の数を減らす上で、砲熕(ほうこう)兵器は理想的です』

『製作の手順は見ていましたから、同じものなら造れます』


 自前で造ってくれるのなら、俺としては異存はない。こうして、俺たちの三つのダンジョンはいずれも二十センチ要塞砲を持つことになった。ついでにドラゴン以外の相手――密集隊形の歩兵など――も考えて、いわゆる「ぶどう弾」もつくっておいた。ロックバレットを連発するよりは幾分か効率的だしな。



 なお、火魔法殺しは各ダンジョン内での栽培が決定した。



・・・・・・・・



 落とし穴の方は簡単な筈だったが、それでも問題点は発生した。最大の問題は作動試験ができないと言う点にあった。


『ドラゴンが踏み抜いて初めて落ちるような仕組みだからなあ……』

『ドラゴンがいないと実験できませんよねぇ……』


 どこにでも想定外の事態というのはあるもんだ。


『とりあえず、落とし穴の開口はダンジョン側でもコントロールできるようにしよう。ドラゴンが蓋に足をかけたタイミングで開いてやればいいだろう』

『それなら……動かないという……最悪の事態は……避けられます』

『ああ、通常は安全のために落とし穴の蓋をロックしておいて、戦時にだけロックを外せばいいだろう』



 秋風が身にしみるようになった頃、紆余曲折(うよきょくせつ)は様々あったが、とりあえず第一次のクレヴァスダンジョン防衛強化計画は達成された。


 過剰兵装だと思わないでもないが、うちの子たちを守るためなら自重(じちょう)なんかしません。その時になって後悔しても遅いんだよ。「百年兵を養うは、一日これを用いんがため」って言うだろう? 有事の一日のために、百年分の準備が必要なんだよ。

クロウが引用した格言は、日露戦争後に東郷平八郎が連合艦隊を解散するに際して述べたもので、草稿は連合艦隊の作戦参謀であった秋山真之の手によると言われています。更に元ネタを遡ると、「水滸伝」の「養兵千日用在一朝:兵を養うは千日、用いるは一朝にあり」あたりから来ているようです。


【修正報告】クロウの台詞で「地球の自転速度を射出のエネルギーに変えた」とあったのを、読者様からの指摘により修正しました。(2017.07.14)


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― 新着の感想 ―
[気になる点] 砲撃の反動は別に現実の方法じゃなくても、砲身を支える部分をダンジョン壁と同じ材質にしてしまえばいいのでは? 砲身自体をダンジョン壁にしてしまうと爆発の威力が下がってしまうので支える部分…
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