第二百四章 変転、贋金騒動 3.ヤルタ教中央教会(その2)
ヤルタ教中央教会の一室で、教主はこれまでの流れを反芻してみた。その結果……
(しかし……改めて考えてみると、どうにも不可解な事が多過ぎるな……)
確実に判っているのは、自分たちがエメンらしき者を手にかけた事と、その屍体が何者かに持ち去られた事である。犯人がヤルタ教を怨んでいてもおかしくはない。と言うか、贋金造りの犯人と目されたエメンの足取りを追って行くとヤルタ教の名が出て来たのであるから、犯人がヤルタ教を怨んでいる事、延いてはエメン(仮)――殺した方の身許が不確かなので、こう仮称しておく――の縁者であろうと推測される。
だが――犯人がテオドラムを巻き込んだのはなぜだ? エメンもしくはその縁者が、テオドラムを怨む理由が思い付かない。
(……とすると……テオドラムに敵対しているのは、偽造犯を雇った黒幕の方か? ふむ……殺されたエメン(仮)の仇討ちを条件として、贋金騒ぎに協力させた可能性はあるか……)
そうなると、探すべきは贋金造りの犯人ではなく、それを操った黒幕の方か。
ヤルタ教関係者がエメンと接触していたという根も葉も無……くはないが、ともかく事実と異なる噂を流した手並みを見ても、黒幕は相応の組織力を持っていると考えられる。いや、そういう黒幕の存在無くしては、一介の贋金造りにここまでの事ができよう筈が無いではないか。
――だとすると……その黒幕というのは何者だ?
(……テオドラムと我がヤルタ教の双方に含むところのある者と言えば、まず思い付くのがイラストリア、次点で亜人連絡会議とやらであろう)
そこまでは直ぐに思い付いた教主であったが、そこから考えを進めていくと、おかしな話になる事にも気が付いた。
(……じゃがしかし……テオドラム国内への潜入――モデルとなる新金貨を入手するため――や贋金用の地金を用意する資金力という事になると……亜人どもには些か荷が重いように思えるな。……ふむ……亜人という線は消えるか……)
砂糖菓子やらビールやら古酒やらで荒稼ぎしている印象があるが、テオドラムを低価格競争に引き摺り込むためか、損得考えない安売りをしているようにも見える。充分な資金を回収できているとは思えない。
(しかし……そうなるとイラストリアという事になるが……こっちはこっちで、エメンと手を結んだ理由が判らぬな。エメンに散々煮え湯を飲まされてきた筈のイラストリアが、なぜまたエメンと手を握ったのか。……百歩譲って手を組んだとしても、今度は態々エメンをヴァザーリで脱獄させるような真似をした事の説明がつかぬ。況して亜人どもまで巻き込んでとなると……)
こう考えてくると、イラストリアとノンヒュームのどちらも、犯人としての資格に欠けるようだ。
――では、この両者でないとしたら何者か。
(……テオドラムとの反目というなら、マーカスとモルヴァニアにも黒幕たる資格はある。じゃが……彼らが我がヤルタ教に敵対する理由が解らぬ……)
幸か不幸かマーカスにもモルヴァニアにも、ヤルタ教の信者は多くない。言い換えると、彼の国々との間に軋轢が生じているとは考えにくい。
(これでは黒幕候補は全滅か……いや……待て……沿岸国はどうなのだ?)
嘗て教主は砂糖騒ぎの黒幕として、沿岸国を想定した事がある。
沿岸諸国にとって、テオドラムの砂糖は謂わば舶来糖の競争相手。目の上の瘤を潰そうとした沿岸国の策謀ではないかと考えたのである。砂糖の活用法を熟知しており、潤沢な量の砂糖を供給できるという事を考えると、沿岸諸国が密かに亜人たちに砂糖を供給して、テオドラムを追い詰めさせた……という想像も強ち無理筋ではないように思えたのである。
その後は別件で忙しくなったため、沿岸諸国の黒幕説については忘れていたが……
(……これは改めて考えてみる必要があるか……?)




