第二百四章 変転、贋金騒動 2.ヤルタ教中央教会(その1)
贋金の最大の被害者はテオドラムであろうが、迸りの形で迷惑を被ったというならヤルタ教である。何しろ、偽造犯と目されるエメンの足取りを追って行くと、ヤルタ教がエメンと接触していたという噂に辿り着いたのであるから。
この噂はクロウが仕込んだものであったが、ヤルタ教がエメンと接触を持ったのは事実である。しかも、その後でヤルタ教はエメンを始末したために、自身の潔白を訴える事もできない。
事の成り行きに驚愕した教主が、エメンの亡骸を検めさせた。……いや、そうしようとしたところが……
〝……屍体が見つからぬ……だと?〟
〝は……彼奴めの屍体を埋めた筈の場所に、それが見当たらなんだ由〟
〝……何者かが掘り返して遺体を持ち去ったというのか……〟
教主自身は、殺した筈の「エメン」が真実本人であったのかどうかを疑ったようだが、本人確認の前にとんだ話が飛び出してきた。
始末した者が真実エメンであったのかどうか、今となっては確かめようが無くなった。しかしその一方で、始末した者に縁ある何者かが、不審な動きを見せているのは事実。とすると、贋金-エメン-ヤルタ教の三題噺を仕組んだのも、エメンの件でヤルタ教に恨みを抱いている者の仕業となるだろうか。
(……いや……本当にそうか?)
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ここで読者の便宜のために、これまでの大雑把な流れを整理してみよう。
まず贋金騒ぎでテオドラムが血眼になって犯人を捜している頃、とっくの昔に始末した筈のエメンがヤルタ教関係者と一緒にいた……という噂が流れていると、テオドラムにある教会から報告を受けた教主が困惑したのが四月の半ば。予想外の話を聞かされた教主は仰天したが、それと同時に、始末したのが真実エメンであったのかという疑問に思い至る。
イラストリアが廻した手配書の人相書きを基に、件の者が真実エメンであったかどうかを確認しようとするも、何しろ二年前の事とあって関係者の記憶も定かでなく、断定は不可能という結論になったのがその三日後。報告を受けた教主が立腹して、エメンの墓を曝いて屍体を確認せよと命じる事になった。ちなみに、教主に復顔術の知識があったのかどうかは、今もって不明とされている。
ご機嫌斜めの教主の号令一下、エメン(仮)の墓を曝く事になったのだが……今度はその墓の位置が判然としない。何しろ墓と言うよりも、墓標らしきものとて無い単なる埋葬地に過ぎないのである。当時エメンの処分を任された者に案内させるしかあるまいとなったのだが、今度はその当人が、あろう事かテオドラムの教会に派遣されている事が判明する。
何とか当人と連絡を取り、目立つのを避けるために西街道を通らせるなどのアレコレを経て、件の工作員が馬車を乗り継いでリーロットに到着したのが五月祭の最終日。
そこから徒歩でエメン終焉の地を訪れるも、今度はある筈の屍体が幾ら探しても見当たらないという事態に直面する。クロウが屍体を依代にしてエメンをアンデッドとして蘇らせ、それ以後雇用を続けているせいなのだが……一介の工作員にそんな事情が判る筈も無い。已む無くありのままを報告する事になった。
予想外の報告を受けた教主も困惑したが、どうやらエメン(仮)殺害の件でヤルタ教に遺恨を抱いた者が、この件の背後にいるらしいと判断した。
ならばその不心得者の捜索を――といきたい教主であったが、生憎と状況がそれを許さなかった。古酒に幻の革、「災厄の岩窟」の近くに突如として出現した湖、ヴォルダバンの廃村に迷い家と覚しきものが現れたかと思えば、テオドラムとヴォルダヴァンの国境では正体不明の賊が暴れ、果てはテオドラムが小麦の流通量を絞ったという話が聞こえてくる……と、立て続けの騒ぎに振り回される羽目になったのである。
どれもこれもヤルタ教に直接関わる問題ではないが、ヤルタ教の信者には貴族も商人もいる。彼らが問題に関わるとあらば、ヤルタ教とて無視はできないではないか。
幸か不幸か、一連の騒ぎのせいで贋金の件は目立たなくなった。贋金捜査の人員を、これら一連の情報収集に廻しても問題はあるまい……
――と、斯くの如き経緯で、贋金の件は後廻しにされていたのである。




