第二百四章 変転、贋金騒動 1.テオドラム
派手な騒ぎが立て続けに起こっているとそれに目を奪われがちであるが、人目を引かない問題を軽んじていい訳では決してない。就中、それに巻き込まれた当事者たちにしてみれば。
その好例とも言えるのが、テオドラムの贋金騒ぎであった。
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まず、最大の当事国であるテオドラムの動きであるが……これが意外なほどあっさりしたものであった。〝何者かが自分たちに経済戦を仕掛けた〟と判断はしたものの、積極的に犯人追及に乗り出す動きは見せなかったのである。
いや……そこまで言ってはやはり言い過ぎだろう。一応エメン捜索の兵を出しはしたのであるから。ただ……その後に様々な事態が立て続けに動いた事で、エメンの事などに係っている余裕が無くなった――というのが実情である。
確かに贋金は些細な問題ではないが、同じ事がそう何度も繰り返せるとは思えない。なら、今更犯人を捜すよりも、贋金によって生じた問題の対策を練る方が優先されるべきである。時間も労力も有限なのだ。
「とりあえず……他国の商人との取引では、外貨を使用して決済している。商人たちもこれには文句を言わんようだ。……嫌味たらしく金貨を検められはするがな」
「だが、それは別の問題を生み出したに過ぎん。外貨の備蓄は減る一方なのだ」
マンディーク商務卿の報告に、顰め面で反駁したのはファビク財務卿であった。
「解っている。いずれ輸出を増やすなりして、外貨の獲得を考える必要があろう。ただ、少なくとも現時点では、必要な資源を他国から購入できている。この点は……この点だけは喜んでいいと思うが?」
「まぁ……そう言われるとな……」
渋々とではあるが、ファビク財務卿も矛先を納めた。素より八つ当たりに近いものなのだ。
「……すまぬな。つい取り乱した」
「いや、貴卿の心情も解るつもりだ。……と言うか、他人事ではないのでな」
憮然とした空気が広がる中、一つ咳払いしてメルカ内務卿が話し出す。
「他国の商人どもとは違って、国内の商人には新金貨を嫌がるものはおらん。国がその価値を保証している以上、金の純度など問題ではないと考えておるようだ」
「混乱や不満は無いのだな?」
「表に見える限りではな。一応、手の者に調べさせてはいるが、国内に不遜な動きは無いようだ」
「それは重畳」
自国テオドラムを巡る情勢は楽観を許さないが、国民は一致団結して難局に立ち向かっている。実に喜ばしい限りではないか。……シュレク? あの連中は非国民です。
「だが……こうして見ると、現金の代わりに手形のようなもので決済するという案は、そこまで空想的なものでもないかもしれぬな。……信用があるという前提だが」
「それはそうだが……現状で何か利点があるのか? 今のところ新金貨で充分上手くいっておるのを、新たに手形など導入する必要もあるまい。折角造った新金貨の出番が無くなりかねんぞ?」
「まぁ、それはそうなんだが……利点はある。持ち運びにも保管にも便利だろう」
「それは……そうかもしれんが……」
「仮に手形が取引に使われるとしても、国内での取引に限られるだろう」
「それに、国の商人どもとてお人好しではない。余剰の金貨を貯蓄に回すだけではないのか?」
「回収できた金貨の一部は、鋳潰して金塊の形で保管する。手形の兌換を申し出てきた者に対しては、金貨か金塊か好きな方を選ばせればいい。金塊は他国の商人どもとの取引にも使えよう。秤量と品位の確認は、商人の方にやらせればいい」
ふむ、と国務卿たちは考える。短期的なメリットは大きくないようだが、デメリットと言える程のものも無い。運搬と保管が楽というのも、地味ながら魅力的な話に思える。
即座の実施は無理としても、一考に値する提案ではあるか。ただし……
「……偽造の問題について指摘しておきたい。手形は金貨よりも偽造が容易だと思うが?」
「確かにその懸念はあるが、その反面でこちらとしても工夫が盛り込み易い上、万一の場合にも改良や変更は容易だ」
「ふむ……金貨の場合、偽造犯が調達に苦労しそうなのは地金だけ。一方で手形の場合、木なり紙なりの素材に始まって、インクの種類まで揃えねばならん。複数の色インクを用いた場合、それら全てを用意する必要があるか……」
「手形の額面を予め決めておき、飛び抜けて高額にならぬようにすれば、偽造犯どもとて一攫千金は難しかろう。その分、高額取引には多数の手形を用意する必要が出てくるが……金貨で決済するよりは楽だろう。数える手間も要らぬ訳だしな」
「ふむ……少し身を入れて考えてみるか……」




