第二百三章 招かれざる客~@船喰み島~ 3.密偵たちの目的
クロウの予想どおり、「仮想ダンジョン」は男たちの意外な素性を曝いてくれた。しかし彼らの目的などについては、依然として不明なままである。
殺して死霊術で訊問する事はできるだろうが、そうすると彼らを母国に帰す事ができなくなる。必然的に、ここ船喰み島で何かがあったと表明するようなものだ。
『……行動の監視と盗聴によるしか無いか。……精霊たちの働きが頼りだな』
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モルファンの密偵たちが船喰み島へ上陸してから三日目。
一日目と二日目は気を張っていたのか、余計な事も喋らず島を探索して廻っていた密偵たちであったが、さすがに何の変化も成果も無い日が続くと気も緩んだのか、折に触れて雑談を始めるようになった。
……クロウがこの時を待っていたのだとも知らず。
「……人がいたような痕跡は見つからんな……」
「お偉方のお眼鏡違いって事じゃねぇのか? 抑は単なる思いつきなんだろ?」
「話を聞いた時には、成る程と思ったんだが……」
「うむ。伝承を仔細に検討すると、この島は難破船荒しの根城だった可能性がある。だとすると、島の近くには暗礁がある筈。つまり、沈没船のある海域にサルベージ船を寄せるなどできない――という事になる。ならばノンヒュームたちのサルベージも、島に上陸した者たちが海に潜る事で為されたであろう。ゆえに、島に何らかの痕跡が残されている可能性が高い……筋の通った説明だと思ったんだがなぁ……」
「筋の通った説明が、常に真実とは限らんからな」
「サルベージの現場がここだという根拠は何も教えてもらえなかったしな……今にして思えば……」
「まぁ……人がいた痕跡らしいものは見つかったんだが……」
「ありゃ十年二十年どころかウン百年前、多分はその難破船荒しってやつらの遺跡だろうが」
不平たらたらの男の主張に、他の面々も頷かざるを得ない。
「焚き火の跡もゴミを捨てた跡もクソした跡も見つからねぇ。それどころか、足跡一つ無かったじゃねぇか」
「穴を掘って埋めた跡は素より、魔法で隠蔽したような痕跡すらも無かったな」
その辺りはクロウの方も抜かりは無い。土面に残る足跡は眷属たちの土魔法で、草木を踏んだ跡は同じく木魔法で、魔力の痕跡は鬼火たちを召喚して、何れも綺麗さっぱり消しておいた。クロウの用心が功を奏した形である。
「……海岸の岩場にも、足場を組んだような跡は残っていなかったしな」
抑そういう作業自体を行なっていないのだから、跡が無いのは当たり前である。
「お宝を探し廻った跡も残ってねぇようだし、こかぁ外れじゃねぇのか?」
「うむ……ノンヒュームたちがどこぞで埋蔵金の類を発見したという仮説そのものまでは捨て切れんが……少なくとも、この島はその候補から外れそうだな」
「すると……やはり本命は『赤い崖』こと『グーテンベルグ城』か?」
「ありゃあ欲ボケどもが散々探し廻って、結局はガセだって事に落ち着いたんじゃねぇのか?」
「何者かの財宝らしい品々が現に出廻っている以上、無視はできん……というのが、上つ方々のお考えらしいな」
「まぁ、そっちは別の連中が探っている筈だ。幸い、我が国との国境にも近いしな。ここと違って誤魔化しようはある」
「まぁ、そう言やそうか……けどよ、ベジンとかいう村に怨霊が出たって話はどうなんだ? あれもイスラファンじゃなかったか?」
「あぁ。……確かに、妙にイスラファンの名が出て来るんで、上の方もおかしいとは思っているようだな。……だがまぁ、考え過ぎだろう」
「考え過ぎ――かな?」
「ベジン村の怨霊とやらが騒ぎ出したのは最近らしいが、こことグーテンベルグ城は、それらしき言い伝えがあったに過ぎん。ベジン村にしても、怨霊の一つや二つ出てもおかしくない場所らしいからな」
「お? 何か知ってんのか?」
「いやな、抑……」
密偵たちは一頻りベジン村奇譚で盛り上がっていたが、
「……怨霊騒ぎがノンヒュームの仕業だってんなら、何で態々そんな真似をやらかしたか――って話になんな、確かに」
「あぁ。放って置けば人目を引く事も無かった筈だ。今までにも無宿者が居着いた事はあったようだしな」
「まぁ、迷信深い村人の見間違いって線が濃厚だろうが……一応、上はこれが陽動だという可能性も考えたらしい」
「陽動?」
「それこそ考え過ぎじゃねぇのか?」
「だが、もしもこれが陽動だとすると、何に対する陽動なのかという話になる。その場合……」
「……あぁ……成る程……」
「『赤い崖』か『船喰み島』って話になる訳か……」
「上の連中も色々と考えてるんだな……」




