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第二百二章 北からの波紋 4.クロウ

 大国モルファンとイラストリアの間で交流が深まりそうな気配など気付いてもいないクロウであったが、運命の神は彼が傍観者に甘んじる事をよしとしなかったらしい。

 イラストリアの求めに応じて食器の手配を済ませ、その後は他人事を決め込もうとしていたクロウであったが……



「……何? ドランの村に……?」

『はい。イラストリア王国からの密使が訪ねて来たそうです。王家で開かれるパーティ用に、ビールを発注する事はできるかと言って』

「新年会用にという事か?」



 新年祭でノンヒュームたちが営む「居酒屋」では、ホットビールを中心としたホットドリンクを提供している。五月祭ほどではないにせよ、ビールの消費はそれなりに大きい。五月祭での消費分を備蓄する必要もあるし、ここで王宮の新年祭用にビールを廻すゆとりは……



『あ、いえ。それが……問題のパーティとやらが開かれるのは雪解け後らしいです』

「何? 新年祭ではないというのか?」



 新年祭でないというなら五月祭か? しかし、王家からの使いによると、パーティは五月祭より前に開かれるらしい。



「……()く解らん話だが……ドランの村に余力があるのなら、俺としては別に構わんと思うが? 万一に備えて、俺の方でも用意をしておけという事か?」

『いえ……その点も出来ればお願いしたいところではあるのですが……本題は別にありまして……』



 (いささ)か申し訳無さそうな口調でホルンが報告したところによると、ドランの村人は王家の依頼に対して、〝用意できない事は無いが、大量に供給する事は請け負いかねる〟――と回答したらしい。今ではドラン以外の村でも造っているとは言え、依然としてビール醸造の主力はドランである。如何(いか)に王家の依頼とあっても、安請け合いはしかねる状況にあった。

 そして、その事は使者も諒解していたようだが……



『ビールが無理なら、何か珍しい……特別感のある酒は無いかと訊かれたそうです。量が無理なら質で話題性を確保しようという狙いらしく』

「……何となく、その先は聞きたくない気がするが……ドランの連中は何と答えたんだ?」

『はぁ……何でも〝まだ形になっていないので引き渡せない〟と答えたとか……』

「つまり……ビール以外の酒を試作している事がバレた訳か……」



 現時点でドランの村が試作しているのは、熟成酒と蒸溜酒の二つである。湖底熟成の方法を教えたのは今年の五月だから、まだ〝形になっていない〟だろう事は間違い無い。



『その場は使者も温和(おとな)しく引き下がったようですが……』

「……第二幕があったという訳か?」

『はい。学院に勤務するエルフに、王家からの問い合わせがあったそうです』

(からめ)()からの情報収集を狙ってきたか……」

『そこで問題なのは……』



 ホルンの声が一際(ひときわ)沈んだところをみると、ここからが本題であるらしい。



『……同じく学院に勤務するドワーフに……その際の()()りを……』

「……聞かれたというのか……」



 面倒な事になった――というのがクロウの偽らざる心境であった。


 ドワーフたちに含むところは無いが、酒の亡者(ドワーフ)どもが「新たな酒」の事を知ったというなら、何を()いてもそれを入手せんと邁進(まいしん)するのは目に見えている。その事自体はどうでもいいが、それに自分が巻き込まれるような事態は避けたい――というのがクロウの基本的スタンスである。



「……ホルン……ドワーフたちに知られたのは熟成酒の方か? それとも、蒸溜酒の方か?」



 それによって被害の大きさが変わってくると考えたクロウは、仔細をホルンに問うたのだが……



『その……両方だそうでして……』



 クロウは思わず天を――現実的には「洞窟」の天井を――仰いだ。考え得る限り最悪の事態……



『あ、いえ。今回はそこまでには至らないようで』

「何? ……どういう事だ?」

『ドランの(とう)()たちが試作中であり、まだ満足のいくものができていないというなら、完成を楽しみに待つ――そうです』

「ほぉ……?」



 思った以上に理性的な反応だが……



「ホルン、その――ドワーフたちの回答は、学院のエルフとやらが訊き出したのか?」

『あ、いえ……ドワーフたちから正式に「連絡会議事務局」に問い合わせがあったもので……』

「……成る程……少し詳しい事情を説明したか?」

『はぁ……それでなくては収まらない様子でしたので……』



 「連絡会議」の分裂を懸念した首脳部の判断らしい。ドワーフたちを納得させた決め手は、どうやら「熟成」の技術にあったようだ。

 既に基本的な技術の検証は或る程度済んでおり、現在は湖底熟成の実証試験を行なっている段階――というので、ドワーフたちも待つ事にしたらしい。少し待って美味い酒が飲めるのなら、そっちの方が好いではないか。



『……まぁ……大事に至らず重畳(ちょうじょう)だが……()(くず)しに熟成酒と蒸溜酒の生産拡大という方針が決まってしまったか……』

「申し訳ありません」

『いや……その辺りの判断は、俺がどうこう言えるものではないからな。しかし……』



 ここで気になるのは、イラストリア王家の意向だろう。


 王家は既にかなりの量の古酒を確保している筈だが、それに加えて(しか)るべき量のビールを欲したというのが気になる。

 〝珍しい酒であればビールでなくても構わない〟――とも言ったそうだが……?



「……どうやら大規模なパーティを計画しているようだが……古酒だけでは足りんとでも言うのか?」



 イラストリアは一体何を(もく)()んでいるのか。

 どうにも気になって仕方のないクロウであった。

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