第二百二章 北からの波紋 2.王都イラストリア~国王執務室~(その2)
成る程、モルファンの底意はそんなものかもしれぬ。しかし――
「それはそれとして――だ。何でまた年内なんて無茶を言い出したんだ?」
ローバー将軍の疑念に答える者はいない。
「まぁ、年内というのは難しいと彼らも承知しておったらしい。本命は雪解け早々の方だろう」
「ですがその場合も、折衝役が先乗りで年内にやって来るんですよね」
「……うむ。先方の希望はそうなっている」
「おぃウォーレン、やつらの企みが何なのか判るってのか?」
「企みというか……〝年内と雪解け早々〟という文言から、新年祭と五月祭を連想しただけです」
そう言うウォーレン卿の口調も半信半疑といった体であるが、意外にも宰相たちは真に受けたようだ――ローバー将軍を除いて。
「いやいやいや、待って下さいよ。たかが祭のためだけに、態々王族の留学まで企てるってんですかい?」
「イシャライア、お主は〝たかが〟などと言うがな、その〝たかが〟ビールのためにマナステラでは、ドワーフたちが我が国への移住まで考えたというではないか。留学ぐらい不思議ではあるまい」
「いや、幾らモルファンの王族ったって、ガキんちょがビール飲みたさに留学して来るってなぁ、おかしかぁありませんかい?」
――密書には〝王族の子女〟とあるだけで、年齢などには触れていないのだが、
「子供であれば、ビールではのぅて砂糖菓子が目当てかもしれんじゃろうが」
――既にそういう「事実」は問題ではないらしい将軍と宰相。端から見れば子供の口喧嘩である。
「……まぁ、理由は措いておくとして、モルファンの王族が留学するという話があるのは事実なのだ。受け入れ先についても、今のうちから考えておくべきであろうな」
口喧嘩に興じている将軍と宰相を見捨てて、残りの三人で仔細を詰める構えの国王。そして、それを察したウォーレン卿が話を受ける。
「既に今年も残りは五ヶ月ほど。もしモルファンが五月祭を本命としているのなら、王族の留学は雪解け早々になる筈です。そうなると、受け入れ先の準備はそれ以前に整えておく必要がありますから……」
「早いうちに根回しを済ませておく必要があるな。……マルシング、書面にはただ〝留学〟とのみあったが、先方は学院への入学を想定しておるのか?」
イラストリア王国王立講学院、通称「学院」は王国の最高学府であり、各国からの留学生を受け容れてもいるが、最高学府であるがゆえに、初等教育は担当していない。相手の年齢次第では、留学先がどこになるのかが問題となる。
「それが……どうもモルファンでも、誰を留学させるのかまでは煮詰まっておらぬようでして……まずは我が国が留学を受け容れるかどうかを確認したい――というのが、件の密書の内容でした」
「ふむ……モルファン相手に否と答える訳にもゆかぬ。留学は受け容れるとして、できるだけ早く詳細を届けてもらうよう手配せよ。さもなくば、雪解け早々には間に合わせかねると言ってな」
「御意」
ここでウォーレン卿が、僭越ながらと手を挙げて、一つの腹案を提示する。
「留学の名目がノンヒュームであるなら、この際ノンヒュームの教師陣を拡充する事も考えてよいのでは? ノンヒュームたちとの伝手を強化するのにも使えますし」
「ふむ……名案であるな。モルファンの名目がノンヒュームとの友誼であり、我が国がそれに相応しいと言われた以上、我らもノンヒュームの文化を知らぬでは体裁も悪かろう」
国王はいまだ将軍といがみ合っている宰相をチラリと一瞥すると、
「この件は明日にでも、余が担当の者に伝えておく事にする」




