第二百二章 北からの波紋 1.王都イラストリア~国王執務室~(その1)
「何でまたモルファンがしゃしゃり出て来んです!? それも、選りに選ってこんな時期に!」
頃はそろそろ夕間暮れという時刻、イラストリア王国の国王執務室で盛大に癇癪を回しているのは、王国軍第一大隊長にして国軍総司令官を兼務するイシャライア・ローバー将軍である。
「〝適当な口実を教えてくれるなら、悪魔とでも取引する〟――そう言ぅたのはお主であったの、イシャライア?」
宰相から冷たい視線と声音を向けられたローバー将軍――フラグを立てた張本人――は、ギョッとしたように振り返る。
「ありゃあ言葉の綾ってもんでしょうが!? 本気にしてもらっちゃ困りますな」
二日前に憤懣に任せてそういう事を口走ったのは事実だが、それを根拠にモルファン事案の責任を押し付けられて堪るものか。いやまぁ、確かに大宴会の理由には充分だろうが。
「……まぁ……イシャライアばかりが原因ではあるまい。それより……すまぬがイシャライアとウォーレン卿に向けて、事の次第を今一度説明してくれぬか? マルシングよ」
然り気無く先日のローバー将軍の失言への非難をにおわせておいて、国王はこの場にいる定数外の人物、マルシング外務卿に持ちかけた。
「……イシャライアが何ぞ呪詛紛いの事をやらかしたというのは初耳ですが……承知しました」
そう言ってマルシング卿は、ジロリと将軍に一瞥をくれた後で、本日モルファンから届いて一騒動を巻き起こした密書の内容を要約し始めた。
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「……要するに、モルファンは王族の子女をこちらに留学させたいと?」
「要点だけ言えばそうなるな。物議を醸したのはその時期だが」
「できれば年内、不可能であれば来年の雪解け早々に――とは、また随分と急な提案ですね」
軍関係の視察とかだともう少し余裕を持ったスケジュールになるものだが……外務関係は違うのだろうか? チラリと訝しみの視線を巡らせたウォーレン卿であったが、
「……誤解してもらっては困るのだが、今回のようなケースは異例中の異例だ。普通ならここまで短兵急な話にはならん」
――キッパリとマルシング卿に否定される。
「まぁ……状況があまりにも急激に動いたゆえ、モルファンの方も慌てて接触を図ってきた――というのが本当のところじゃろうよ」
「……その、〝状況〟ってやつを説明しちゃもらえませんかね?」
心底ゲンナリした様子のローバー将軍――と、ウォーレン卿――に、宰相と外務卿が交々に説明したところでは……
「つまり何ですかぃ? 向こうさんの言い分は、〝ノンヒュームたちの文化を学び、できれば彼らと友誼を結びたい。そのために、このところノンヒュームたちとの交流が盛んなイラストリアに王族の子女を派遣したい〟――ってぇんですかぃ?」
「……マナステラが聞いたら憤慨しそうな内容ですね……」
「まぁ……実際問題として、ノンヒューム連絡会議の事務局があるのは我が国であるからな」
「マナステラは我が国にノンヒュームとの仲介を依頼してきたばかりですし、内心では面白くないにせよ、表立って不満を表明する事は無いでしょう。しかし……」
「――しかし?」
「これ幸いとばかり、尻馬に乗っかろうとする可能性はありませんか?」
「マナステラまで留学の話を持ちかけてくるってのか?」
「留学になるか、それとも大使級官僚の派遣になるかは判りませんが」
ウォーレン卿の指摘を黙って吟味していた一同であったが、その可能性は無視できないと判断したらしい。その件については別途部下に検討させるとして――
「とりあえずはモルファンの件じゃな」
「狙いはどこだとお考えですかぃ? 宰相閣下」
「素直にノンヒュームじゃろうな。ここのところ、はっちゃけたように色々やらかしておるからのぉ……」
「モルファンが無視できなかったのは、恐らくは『サルベージ』の件でしょうね。何しろ沈没船を漁るだけで、下手をすると海外交易に迫る利益を叩き出せる訳ですから」
「交易立国を標榜する沿岸国にとっちゃ、目の上の瘤か」
「目障りな反面で、自陣に取り込めば利益は大きい。そう判断したんでしょう」
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