第二百一章 食器騒動 7.王都イラストリア~国王執務室~(その2)
「しかし……一点の曇りも無ぇ透明なガラスに、今や製法の絶えた幻の名陶、他に白磁や青磁がゾ~ロゾロ……でしたっけね。こんなものを表に出した日にゃ、またぞろ騒ぐやつらが出て来るんじゃ?」
「しかも、これもまたノンヒュームからの購入品となると……」
「もうお手上げですな、こりゃ」
ローバー将軍はいち早く匙を投げるが、他の面々も似たようなものであった。どこからどこへどう転んだところで、ノンヒューム印の逸品群は、世間を騒がさずにはおかないようだ。
「向こうさんも何を考えてるのやら……。貴族どもの吶喊を嫌がって引き籠もってたってぇのに、何でまたこんな火種を持ち出したんだか……」
「今回はイラストリア王国が要求した結果ですからね。面倒な連中の相手は、こちらに押し付けるつもりなのかも」
「『王国の誠意』ってやつが試されますな」
どう考えても自分たちの職分ではないと見切った軍人二人が、少しだけ傍観者的態度でコメントを放つが、恨めしそうな国王と宰相の視線を浴びて態度を改める。こんなところで不和の種を蒔く訳にはいかない。明日は我が身かもしれないではないか。
「……懸念すべき点はそれだけではありません」
怨みがましい視線を封じるには、新たな問題を持ち上げてやるのが一番だ――とばかりに、ウォーレン卿が不吉な台詞を口に出した。ギョッとしたように身動ぎする一同。よしよし、掴みはOKだ。
「おぃウォーレン、他の懸念ってやつぁ何だ?」
「未だ購入計画も立っていない段階でこのような事を口にするのは、内心で大いに忸怩たるものがありますが……」
「能書きはいいからさっさと喋れ」
「……解りました。では、仮に宴会の食器をノンヒュームからの逸品で賄ったとしますと、否応なく宴会自体のグレードが上がります」
「だからそれが……あ……」
何かに気付いたらしいローバー将軍。
「はい。第一に、図書寮に探させている宴会理由の条件が厳しくなります。宴会のグレードに相応しい事績を探させる必要があるでしょう」
「幻の食器で幻の古酒を供する宴会に相応しき理由か……」
「図書寮の怨嗟の声が聞こえてきそうですな……」
それだけでウンザリしそうになった一同であったが、話はまだ終わっていない筈だ。ウォーレン卿は〝第一に〟と言ったではないか。
「……で? 二番目は何だ?」
「はい。それ程のグレードとなった宴会を、中小規模に留めていいものでしょうか? 選に漏れそうな貴族からの突き上げが凄くなりそうな気がしますが」
「「「あ……」」」
うっかり見過ごしていた問題点を指摘され、頭を抱える宰相たち。下手をすると貴族間の対立が先鋭化しかねないとあって、居並ぶ一同は渋い顔である。
「……宴会の規模を変更する必要があるのか……?」
「このままノンヒュームから食器を購入して、それを宴会に使用するとなれば、そのような結論になろうかと」
「「「う~む……」」」
「更に、その名目をどうするのかについても、改めて考える必要があろうかと」
「「「う~む……」」」
既定の方針が土台から引っ繰り返るとあって、力無く頭を抱える参会者一同。今になって変更を伝えられる、図書寮や料理長からの嫌味も一入だろう。
「畜生め……適当な名目を教えてくれるってんなら、悪魔とでも取引してやるんだが……」
思わず呟いたローバー将軍であったが……翌々日にはこの発言を激しく呪う羽目に陥ろうとは、誰一人として予想もできないのであった。




