第二百一章 食器騒動 6.王都イラストリア~国王執務室~(その1)
〝食器の在庫はあるにはあるが、どういったものが必要なのか。イラストリア側で見定めてほしい。候補を選んでくれれば、在庫と希望価格を――少し時間を戴く事になるが――後日お報せする。なお、梱包と運搬をイラストリア側で行なってくれるのであれば、価格はそれなりに勉強させてもらう〟
――という回答を貰ったイラストリアのエルギン駐在員が、「見本」とやらの検分に連絡会議の事務局に赴き……そして、〝自分では判断できない〟と王城へ上申して寄越した事で、物品管理の担当者がエルギンへ出向く事になった。
その結果……
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「何と……それほどの品を出して見せたのか……」
貴族とは言っても一介の官僚に過ぎない担当者氏は、連絡会議の倉庫で出された品々を見て、蒼褪めて立ち戻る羽目になった。あれは自分の一存でどうこうできる代物ではない。
担当者氏から冷や汗交じりの報告を受けた国王たちは、改めて方針の修正を迫られたのであった。
「報告によりますと、一つでも金貨数枚から数十枚が吹き飛びそうな逸品が、ゴロゴロと無造作に置かれてあったそうですな」
王に報告する宰相の口調にも、隠し果せない疲れが滲んでいる。どうして連絡会議のノンヒュームたちは、こうも問題ばかりもたらすのか。
「……ノンヒュームたちは何を考えているのだ?」
眉間に皺を寄せた国王の疑問に答えたのは、
「何も考えてねぇんじゃありませんかね」
豪快に投げ遣りにウンザリした口調で、質問をぶった切ったローバー将軍であった。
「考えていないと言うか……世間の相場を知らない可能性はありますね」
将軍のフォローと支持に廻ったウォーレン卿であったが、難しい顔でそれに反駁したのが宰相である。
「いや……一応の知識は持っておったらしい。応対したのはエルフの商人だったそうじゃがな」
「んじゃ、向こうも納得尽くって事ですかい?」
意外さと不審さを含んだ声でローバー将軍が問いかける。だとしたらノンヒュームの意図は何なのか。国王と宰相の眉間に皺が寄りかけるが、
「いえ……彼らが価値を承知していたとしても、作意があったとは限りません。沈没船から漁ってきたというなら、中身を選ぶ事ができなかった可能性もあります」
――というウォーレン卿の指摘を受けて、成る程なぁと合点した一同。とりあえず不穏な空気は形を潜める。
だが……
「……ちょっと待てウォーレン。そりゃ……俺たちに選択肢が無ぇって事か?」
ノンヒュームとの間に友誼を結ぶための発注だというのに、見本を見ただけでさようなら――などという真似ができよう筈も無い。王家の沽券にも関わるではないか。ここは購入するしか無いのだが……
「……随分と……予算を圧迫しそうな気配じゃの……」
「それだけじゃねぇかもしれませんぜ? 儂はこの手の事にゃ疎いんですがね……逸品を一つだけ購入した場合、他との釣り合いがおかしくなる……って事はありませんかね?」
料理も食器もローバー将軍の守備範囲からは外れているが、一部の部隊だけに最新鋭の武器を持たせた結果、却って連携に綻びが出る……という経験なら何度かある。そこから類推するだけでも、前述のような懸念も引き出せようというものだ。
「む……」
「……ありそうな話に思えますね……」
そうなると、高価な食器を一品だけというのは憚られる。釣り合いを取るために、他にもハイグレードな食器を用意する必要があるのだが、それは取りも直さず購入の予算が拡大するという事であった。さぞや財務部が立腹するだろう。
「まぁ、古酒との釣り合いは取れそうだが……」
「特別感ってやつは出せそうですな。それも充分以上なくれぇに」
その点は……その点だけは問題無いだろう。




