第二百一章 食器騒動 2.王都イラストリア~国王執務室~(その1)
「ノンヒュームたちからの回答が来たのじゃが……用意すべき食器の種類と数量が判らんでは、返答のしようが無いそうじゃ」
「まぁ、当たり前のこってすな」
いつもお馴染み四人組が早朝の国王執務室に集まったのは、ホルンからクロウへ王家の依頼がもたらされた翌日の事であった。
エルギンへは外務閥の貴族の係累から性根の確かな者を選んで派遣したようで、ホルベック卿が嬉々として連絡会議に紹介していたと聞いている。
閑話休題、クロウの意を酌んだ連絡会議がその駐在員へもたらした回答は、すぐさま魔導通信機でイラストリア王国外務部へ通達され――その結果として、ローバー将軍とウォーレン卿が朝早くから招集を受ける事態になっているのであった。
「ま、エルギンに外務の若いのが居てくれてるんで、ほとんどタイムラグ無しの情報が手に入るようになっただけでもありがてぇってもんです」
「その点は儂としても同意するに吝かでないが……それより問題は、ノンヒュームたちの回答じゃろう」
「至極真っ当な言い分に聞こえますがね」
「問題はそこではない――というのは、お主も気付いておろうが。イシャライア」
「……何をどれだけ発注すべきなのか――なんざ、こちとらにだって判ってませんからなぁ……」
――事情を説明しておくと、以下のようになる。
ホルベック卿から献上された古酒を持て余した国王が、〝こんな厄介物、さっさと椀飯振る舞いで処分してしまえ〟――とばかりに大宴会の開催を思い立ったのが先月の頭。新年祭には間に合いそうにないものの、何か理由を付けて危険物を処分するというアイデア自体は受け容れられ、密かに準備を進めようという事になったのだが……
〝宴会の規模によっては、食器類が足りなくなる虞もございます〟(宰相)
〝どんな食器が追加で必要になるかって言われてもですね。まだメニューも決まっていねぇってのに、必要な食器なんか判る訳が無ぇでしょうが。汁物一つ取り上げても、色とか匂いとか舌触りとか具の種類とか、色々考える事があるんですぜ? お題目とか規模とか招待客とか、さっさと決めて下さいよ〟(料理長)
〝宴会の理由になりそうな故事を探せと仰いましても……せめてどの程度の規模の宴会かを言って戴きませんと。その規模に相応しい事績というものがございますので〟(図書寮)
関係各方面からやんわりと、しかし確乎とした非難を浴びせられ、ともかく食器が入手可能かだけをノンヒュームたちに問い合わせてみよう――という事で連絡を入れた結果、やはりこちらからも質問内容の不備を指摘された……というのがここまでの経緯である。
「宴会の規模が定まらねぇと準備ができねぇ。準備のために宴会の理由を探そうにも、催される宴会の規模が決まらねぇと、それに応じた事績を探せねぇ。こりゃ見事に詰みましたな」
「幾つかの規模を想定して理由をこじつけてもらうしかあるまい。図書寮に泣いてもらう事になりそうじゃが……」
「その場合、理由を探すのに時間がかかりますよ? 宴会の時期がずれ込むと、料理長が癇癪を回すんじゃないですか?」
「あやつは短気なところがあるからのぉ……」
「上の都合で急遽の変更をねじ込む事が常態化してるってぼやいてましたぜ? お偉方は口で言えば済むんでしょうが、無理難題を押し付けられる立場にもなってもらいてぇもんですな」
そう言っているローバー将軍本人が、部下――例えばダールとクルシャンク――に〝無理難題を押し付ける〟事が〝常態化している〟……という事には気付いていないようだ。
その辺りを察している宰相が、〝他人事のように言うんじゃない〟――とばかりに、ジロリ将軍を睨め付けたが、
「図書寮には後ほど然るべく配慮しておこう。それよりも、差し当たっては問題となっておる『宴会の規模』を決めておきたい」
――という国王の言葉によって、幼稚で不毛な口喧嘩が封じられる事になったのは幸いであったと言えよう。




