第二百一章 食器騒動 1.クロウ
その報せは、クロウが新たなダンジョンの設計案に頭を悩ませていたところにもたらされた。
「……食器の大量注文? ……イラストリア王家からか?」
魔導通信機で連絡を寄越してきたのはホルンであった。イラストリア王家からノンヒューム連絡会議に対して、〝サルベージによって得た品の中に、纏まった数の食器が無いだろうか。もし有るのなら、それを販売してもらえないか〟という打診があったというのである。
古酒やクリムゾンバーンの革はサルベージによって得たのだとノンヒュームたち自身が公言しているのだから、他にも回収したものがあるだろうと考えるのは解らなくはない。
解らないのはそこから先で、なぜイラストリア王家が、態々ノンヒュームたちに、大量の食器を、それもこんな時期に、発注してきたかという点である。
『なぜ――ですか……』
「あぁ。イラストリアがノンヒューム連絡会議に接触を図るというのは、これは解らなくはない。あちらさんにも色々と都合があるだろうからな。ただ――そうだとしても、なぜ大量の食器で、なぜ今なんだ?」
『……食器については、額面の大きい取引を――理由は判りませんが――望んだのでは? それが今なのは、これも理由は判りませんが、急いでいるという事なのでは?』
「確かにな。個別にみると理由は付けられる。だが――組み合わせてみるとおかしくないか? 〝額面の大きい取引を、今〟望む理由は何だ?」
単に額面の大きい取引を望むのなら、会計年度として中途半端なこの時期に申し入れる理由が見当たらない。年度初めか年度末であれば、もう少し自然な形で予算に紛れ込ませる事ができたのではないかと――現代日本人である――クロウは訝しまざるを得ない。
逆に、敢えて取引を目立たせるのが狙いだとすると、今度はその理由が判らない。一体、誰に対して目立たせようとするのか。
また、〝今〟というのが理由であれば、何でまた〝大量の食器〟などという微妙な名目を選んだのか。
妙にチグハグな印象が拭えないのである。
「……サルベージ品の注文に託けて、こちらへ接触を図ってきたか? 悪目立ちしているのもそのせいか?」
嘗てイラストリアは、モローのダンジョン跡地でダールとクルシャンクに三文芝居を演じさせる事で、クロウにメッセージを送ってきた事がある。それと同じなのかとも思ったが……
「……今回は明らかに、こちらからの回答を要求するような内容に思える。だが……」
このような要求に対して、どういう返事を期待しているのか? それとも、返事云々は二の次で、単にコンタクトを取ろうとしているのか? だとしても、その相手はノンヒューム連絡会議なのか、それともクロウなのか。メッセージにしても、曖昧に過ぎるのではないか。
眉間に皺を寄せるクロウであったが、
『その可能性もありますが……何だか本気で困ってるように見えたのですが……?』
――というホルンの返答に、改めて考え込む事になった。
「……正真正銘、急遽大量の食器が必要になったという事か?」
イラストリアは一体何をやらかした?
「……ホルン、イラストリア国内で何か動きがあったのか? ……大量の食器というからには、盛大なパーティか何かを企図しているとしか思えんのだが……」
『……お待ち下さい……そう言えば……』
魔導通信機の向こう側で、暫く何か探しているような気配があり……
『……お待たせしました。えぇと……先月になりますが……シアカスターの砂糖菓子店「コンフィズリー アンバー」からの報告によると、砂糖菓子の日保ちと供給可能数、予約についての問い合わせがあったそうです……イラストリア国王府から』
「……王家がパーティを企画しているという事か?」
『いえ……本決まりではないとの話でしたし、応対した者は新年会のパーティ用ではないかと思ったようですね。しかし……今回の打診と併せると……』
「……そうでない可能性も出て来た訳か……」
『それで……如何致しましょうか?』
ここで少しばかりイラストリアの事情を明かしておくと……ノンヒュームたちと直接的な伝手を結ぶ口実を探していた宰相たちが、先月頭に国王がぶち上げた大宴会構想で浮上した食器の不足に思い至ったのが、事の始まりであった。不足分は新年度の予算で適当なところから購入――と考えていたのだが、ここで以前にウォーレン卿が提案していた〝ノンヒュームに酒以外のサルベージ品を発注する〟という案が復活し、この際だからノンヒュームに話を持っていこうという事になったのである。
来年のそう遠くない時期に宴会をぶち上げるのは既定の方針なのだから、少なくとも在庫の確認などは早めにやっておくべきとの声もあって、エルギンの連絡会議事務局に話が持ち込まれた訳である。
イラストリアの方は、サルベージを行なっているのはノンヒュームだと思ったようだが、実際にサルベージを行なっているのはクロウである。ゆえに、連絡会議も食器の在庫などは抱えておらず、どう対応すべきか困っているらしい。
クロウ本人は、〝場所塞ぎの食器が片付くなら万々歳〟ぐらいにしか思っておらず、捨て値で売り払ってもいいくらいなのだが、さすがに価格破壊みたいな真似をするのは宜しくないだろう――ぐらいの配慮はクロウもできる。
とは言っても、クロウの【鑑定】で高品質なのは判るが、世俗的な価値までは判らない。なので、セルマイン辺りに丸投げする気満々なのであった。
「――で、先方は何を欲しがっているんだ?」
『いえ……それがはっきりしないのでして……』
「何?」
具体的な話は持ち出さず、確保できるかどうかだけを訊ねてきたらしいが、
「……何を用意すべきか判らんでは、こっちとしても返答のしようが無いだろうが?」
『はぁ……どうにもおかしな話で……』




