第二百章 ダンジョンマスター友の会 1.ダンジョンとは……
それまで関心の埒外にあったモルファンで、よもや自分にとって不都合な方針が固められつつあるなど思ってもいないクロウ。彼は彼で頭を悩ませている事があった。マナステラで新たなダンジョンの候補地として確保した、鍾乳洞の処遇である。
抑の発端となったのは、ダンジョンロードであるクロウが放つ魔力がダンジョンのそれに類似していたせいなのか、二つのダンジョンシードがクロウの許へフワフワと寄って来た事にあった。〝窮鳥懐に入らば猟師もこれを撃たず〟の格言もある事だし、頼られた以上は放置もできまいと思ったクロウが、事もあろうにダンジョンシードのためにダンジョンを造ろうという、豪儀に本末転倒した結論に至ったのである。
クロウとしては〝珍しい草花が手に入ったから花壇を作って植えよう〟ぐらいの感じであったようだが、そんな調子でダンジョンを造っていいものか。精霊樹の爺さまなどは膝詰め談判で説教したいところであったが、クロウは万事に亘ってその調子なので、もはや諦めの境地に至りつつある。
ともあれ、そんな調子で「谺の迷宮」と「間の幻郷」という二つのダンジョンを相次いで開設したのはいい――本当はよくないのだが――が、それらが何れも発芽したてのダンジョンシードやダンジョンコアの手に余りそうな気配が濃厚となってきたのである。二つのダンジョンの詳細についてはここでは繰り返さないが、色々と運用の難しいダンジョンになりそうなのは疑うべくも無い。経験の浅いダンジョンコアでは力不足だろう。となると……別のダンジョンを手配するべきなのか?
悩んでいたクロウであったが折も折、マナステラでスタンピードが発生し、その元凶となったダンジョンを入手するという好機を掴む事になった。「還らずの迷宮」のモンスターたちからも活躍の場が欲しいとの嘆願があった事だし、こっちのダンジョンに新米コアを配備して……と皮算用をしていたクロウであったが、豈図らんや、そのダンジョン「百魔の洞窟」が八十七階層に及ぶ三百年ものの大ダンジョンであったとは。
斯くして、「百魔の洞窟」も新米コアの職場としては不適当と相成ったのだが……ひょんな経緯から、少し先に鍾乳洞があるとの話を訊き出し、首尾好くその鍾乳洞を確保した……というのがここまでの顛末なのであった。
では、上手く鍾乳洞を手に入れた筈のクロウが何を悩んでいるのかというと……
『じゃから、今までのようなダンジョンにした日には、誰も来なくなって寂れる未来は目に見えておろうが』
『モローに造ったダンジョンも、その……〝ヒスイショー〟とかに指定されてるんでしょ? 冒険者の入らなくなったダンジョンなんて、商売上がったりじゃないの?』
『冒険者が来んとなればじゃ、「還らずの迷宮」におる魔物たちを配しても、再び髀肉の嘆を託つ羽目になるであろうが』
――と、精霊樹の爺さまと闇精霊シャノアから、自重をもったダンジョン作成を求められているのであった。
では、どんなダンジョンにすべきなのかと反問するクロウに二人が口を揃えて言うには、「普通のダンジョン」を造れというのだが……
『……別に、今までのダンジョンだって普通……』
『『どこが普通じゃ[なのよ]!』』
クロウ指揮下のダンジョンの異常性を力説する二人であったが……
(……そう言われてもなぁ……TRPGのダンジョンだと、あれくらいは普通だし……)
中学・高校・大学とTRPGにはまり、辣腕のGMとして――一部で――名を馳せていたクロウから見ると、ダンジョンなどは侵入者を殲滅してナンボである。その物差しで計るならば、これまでクロウが造ってきたダンジョンは、何れも当たり前のダンジョンであった筈(註.クロウ視点)。
……まぁ……「クリスマスシティー」と「アンシーン」は別として……「災厄の岩窟」はリピーターを考慮した設計になっているが、あれは兵士が常駐する事を期待してのものであるから、他のダンジョンと同列には論じられない。アバンの「間の幻郷」も――あれは抑ダンジョンだと認識させてはいないが――その点では似たようなものだ。「クレヴァス」もダンジョンである事を隠しているし、ダンジョンと言うより小動物のためのビオトープの性質が強い。「オドラント」は出入口を持たない隔離実験施設であるし、ベジン郊外の「朽ち果て小屋」に至っては、単なる出入口でしかない。これらについては「普通」の範疇から外れるかもしれないが……
『他のダンジョンだって大概じゃない』
『いや、しかしだな……』
抑クロウの認識では、クロウたちの拠点である「洞窟」や「山小屋」は、「我が家」であって「ダンジョン」ではない。「クレヴァス」はビオトープで「オドラント」は実験施設である。何れも単にダンジョンマジックを用いて造っただけであって……
『そういうのを世間一般では「ダンジョン」って呼ぶのよ? クロウ』
モローの双子のダンジョンにしても、巷で言う「ダンジョン」の基準からは外れていると主張する爺さまとシャノア。その根拠は……
『生還率ゼロのダンジョンなぞ、誰得だと言うんじゃ』
『いや……生還率と言うなら、「百魔の洞窟」だって低いんじゃないのか?』
『討伐者を退けてきたというだけじゃ。浅い階層で狩りをして帰る者がおらん訳では無いわい』
『それにあそこは、それなりに〝稼げる〟ダンジョンだって評判が立ってるでしょ? クロウのダンジョンは悪評ばかりじゃない』
――と、散々な評価である。
尤も、クロウ方式のダンジョンにした場合、新米コアの手に余る事になるのはほぼ確定なので、設計を見直すべきという意見には同意せざるを得ない。
問題は……
『……だが……二人が言うような〝普通の〟ダンジョンがどういったものなのか、俺は知らんぞ? 以前にイラストリア・マナステラ・モルファンの国境付近にある「迷いの森」というダンジョンの入り口付近に入った事はあるが……あれを手本にしていいものなのか?』
「迷いの森」はエルフの村を守るように存在する千年物のダンジョンである。それも冒険者を誘致というより、迷わせた挙げ句に追い出すような造りになっていた。
そんなダンジョンを参考にしていいのかというクロウの問いに、爺さまもシャノアも黙り込んだが……
『あの……閣下、ひょっとしたら自分がお役に立てるかもしれません』
援助の名告りを上げたのは、「ピット」のダンジョンマスターであるダバルであった。




