第百九十九章 サルベージ怪説 10.モルファン~国務会議(その8)~
「幽霊船を造る!?」
「一体全体何の話だ?」
繰り返すが、アンシーンはこの世界にはまだ存在しないティー・クリッパーである。幽霊船騒ぎに伴って、これまでに見た事の無いその船型を真似しようとしている者がいるらしい。
「成る程……幽霊船かどうかは別として、未知の船型だというなら……」
「船大工が興味を持ってもおかしくは無いか……」
「幽霊船のせいなのかどうか、妙に軽快に帆走していたそうだからな」
この話は一服の清涼剤となったようで、国務卿たちの顔色も少し回復した。そのタイミングを窺っていたかのように、
「それでは、テオドラムとヴォルダバンとの国境に現れた、謎の賊徒について検討するとしようか」
一同の顔付きが真剣なものに変わった。
「確か『揺さぶる者』とか名告っている連中だな?」
「……ノンヒュームたちがサルベージ品と主張している品々が、テオドラム領内から掠め盗られたものである可能性がある。ではどこから――という話になって、テオドラムの目と手が届きにくいところとして、ヴォルダバンとの国境が挙がった。そこで謎の賊徒どもの事が話題になった――という流れだったと記憶しているが?」
「それで間違い無い。正確な要約を感謝する」
改めてこの問題を考えていた一同であったが、
「……だとすると、少しおかしな話にならんか? 『幻の革』とやらはともかく、古酒が登場したのは『シェイカー』どもより三月以上は先だろう。運び出すのも品質の確認も容易な筈の『革』が後廻しにされた理由は? また、『革』が御目見得した後も、『シェイカー』の跳梁が続いているのは何故だ?」
「前者の質問に関しては、『革』が奥の方に仕舞い込まれていただけかもしれんぞ? 後者については……」
適切な理由が直ぐには思い浮かばなかったようだが、それは別のところから回答が為された……思ってもいない形で。
「ひょっとして……これもまた陽動なのかもしれんぞ?」
「陽動だと!?」
「幾ら何でもそれは……」
「いや……陽動の可能性も捨て切れんが……未だそこに何か守るべきものが存在しているため――という解釈も考えられる」
「……運び出し切れぬ程の財宝が眠っていたと?」
「だとしても、回収し終えてから表に出せばいいだけだろう?」
「運び出す事のできぬものであったとしたら?」
「何?」
「どういう事だ?」
訝しげな一同に突き付けられたのは、特大の爆弾であった。
「ヴォルダバンの町カラニガンの東……テオドラムとの国境付近。彼の地に嘗てダンジョンがあったという話を聞いた事は無いかね? そのダンジョンは既に討伐されたそうだが……言い換えると、彼の地はダンジョンが発生する適地であるという事だな」
「「「「「ダンジョン!?」」」」」
「一応、討伐の後に浄化と結界が施されたそうだが……それとて百年以上前の話だという」
身動ぎもせず黙り込んだ面々に、新たな追い討ちがかけられる。
「そして――同じく国境付近にあるアバンの廃村。そこに現れた『迷い家』からは、沈没船の積荷に相応しいような焼き物の食器が得られたという」
寂として声も無い一同に向けて、
「面白いとは思わんかね?」
――と、駄目押しの声が投げかけられた。
誤った前提と誤った推論を経ていながら、クロウにとって痛い所を的確に突いてくるあたり、どうもこのモルファンというのはクロウにとってとことん相性の悪い、或いは迷惑な連中のようだ。
クロウにとっては或る意味で天敵とも言える存在なのかもしれない。




