第百九十九章 サルベージ怪説 9.モルファン~国務会議(その7)~
「さて……少し寄り道をしたようだが、話を続けよう」
「テオドラムとヴォルダバンの国境に現れた『謎の賊徒』の話か?」
「いや。その前に、『謎の異国人部隊』の件について検討したい」
餌を前に「おあずけ」を喰らったような表情の国務卿たちであったが、ここは男の言う方針を受け容れる事にしたらしい。
「件の『謎の異国人部隊』だが……現段階では噂どころか、噂の内容すら明らかになっておらん。判っているのは、その『噂』を気にして探っている者がいる――という事だけだ」
「その〝探っている者〟とやらだが……どうやら複数の勢力が動いているらしい」
「ほぉ……?」
元々「謎の異国人部隊」などという根も葉も無い与太話を創り出したのはイラストリアであったが、その話を聞いたクロウが――半信半疑で――カイトたちに調査を命じた。既にイラストリアから派遣されたダールとクルシャンクが訊き込みを行なっていた事もあって、結果としては〝複数の勢力が「謎の異国人部隊」の事を探っている〟という状況が出現していた。根も葉も無い与太話であった筈のものが、周りの誤解と思い込みに押される形で一人歩きを始めた事になる。その結果……
「複数の筋が確認に動いている以上、この話は無視する訳にはいかん。仮令それが陽動であったとしてもだ」
――滑稽な誤解と迷走が、連鎖的に拡大する事になった。
「現在判明している限りでは、『謎の異国人部隊』を探っている者の活動は、イスラファンから始まっているようだ」
「またしてもイスラファンか……」
「気のせいか……レンツ沖の『船喰み島』といい……事ある毎にイスラファンの名が出て来るな……?」
「考え過ぎか?」
「だが、考え過ぎだとしても、無視するよりはいいのではないか?」
イスラファンが風評被害――しかも冤罪――を被りそうになったところで、
「いや……少なくともイラストリアの密偵に関しては、単に母国からの交通の便が好かったという解釈もできよう。イスラファンはイラストリアの隣国なのだ」
「ふむ……その可能性もあるか」
「今はまだイスラファンを疑う根拠は薄いだろう」
どうやらイスラファンが濡れ衣を着せられるのは回避できたようだ。
「それより、今回の件ではイラストリアがいち早く動いた訳だが……彼の国は何か掴んでいるのか?」
「うむ……ノンヒュームたちと何やら協力して動いている節もあるからな」
……濡れ衣は別のところへ廻って来たらしい。
「……やはりイラストリアへの王族派遣は必要だな」
「うむ、現在の状況あれこれに鑑みて、前倒しで動いた方が良いかもしれん」
――と、何やら思わせぶりな話が纏まる。
「その件は後にしよう。それより……さっき噂話を過去に遡って調査するという話が出たようだが……」
「うん?」
「それがどうかしたかね?」
「……正直な話、これは幾ら何でも考え過ぎではないかと思えるんだが……」
気が進まぬように言いよどむ同僚を不思議そうに見ていた一同であったが、その同僚の口から飛び出した台詞に仰天する事になる。
「……三年前にイラストリアのヴァザーリで起きた一連の騒ぎ、そしてヴァザーリから行方を晦ました凄腕の贋金造り……これらにも件の異国人部隊が関わっている可能性は無いだろうか?」
実際にこれらの騒ぎを仕組んだのは異世界人たるクロウだから、ある意味で本質を捉えた質問である。ただし、疑義を突き付けられた面々の方はというと、
「……三年前……そこまで遡る必要があるというのか……」
「三年前と言うと……彼の国の国境警備兵の一隊が、我が領内で眠りこけていた事もあったな」
「……確かに……そういう事もあったか……」
ノーランドでの一件を蒸し返され、一同ウンザリとした表情を禁じ得ないのであった。
「……三年前に遡るかどうかは別として、噂話については集めた方が良いだろう」
「それだけでも充分以上に手間なのだがな……」
どよんとした空気が会議室を覆うが、その時一人の口から――
「……噂話と言えば、知っているか? イスラファンの船大工が『幽霊船』を造るとかいう話があるが?」
――これまた突飛な話が飛び出した。




