第百九十九章 サルベージ怪説 8.モルファン~国務会議(その6)~
ここで読者の参考のために、サルベージ関連のあれこれ――裏事情含む――を表の形に纏めておこう。
・一月 アンシーン誕生。
・二月 連絡会議、古酒数本をホルベック卿に寄贈。
ホルベック卿、古酒を王家に献上。
国王、古酒を国務卿たちに振る舞う。
・四月 モルファンが古酒の情報を入手。
・五月 古酒嘆願の波に疲れ果てたホルベック卿が連絡会議に泣きを入れる。
クロウ、古酒回収のため暇を見つけてはサルベージに励む。
アンシーンが目撃され、幽霊船の噂が流れ始める。
クロウ、クリムゾンバーンの革を沈没船から入手。
この時点で沿岸諸国にサルベージの噂は流れていない。
・六月 クリムゾンバーンの革がバンクスに御目見得。
マナステラとイスラファンの商人に、幻の革の事が知られる。
「『幻の革』とやらが出廻り始めたのが六月の半ば、イスラファンがそれに気付いたのが同じ月の下旬」
男はどこか小馬鹿にしたような口調で、歌うように呟いた。
「沈没船云々の話は古酒の時にも出てきたが、我々はそれを古酒の出所を誤魔化すための与太話だろうと軽視していた。革の時に再び同じ話が出てきて初めて、単なる与太話ではないかもしれぬと――遅蒔きながら――気付いた訳だ。その間二ヶ月」
男は苦い顔付きで辺りを見廻し、
「二ヶ月というもの、我々は賢しらぶって――その実は間抜け面を晒して――手を拱いてきた訳だが……その事は今はいい。問題は――」
一拍置いて、
「問題は、古酒と革の放出に四ヶ月もの間隔がある事だ。これは何を意味するのか」
「……卿は何を意味すると考えるのかね?」
「古酒を引き揚げてから四ヶ月もの間サルベージを続けて、四ヶ月後に運好く革を引き当てた……などとは考えられん。幾ら我々の目が曇っていても、四ヶ月もの間サルベージを見逃し続けていた……というのはあり得んだろう。サルベージの現場がずっと南の海域だとしても、だ」
「むぅ……確かに、南方海域を通る船だっている訳だからな」
「四ヶ月に亘って沿岸諸国の監視網から逃れ続けるというのは……」
そこまで自分たちは間抜けではない筈だ。そう信じたいという想いもあって、
「なら、古酒も革も予め入手していたと考えるのが妥当だろう」
――という主張には頷かざるを得ない。
「まぁ……無理のない推論ではあるようだな」
「それで? そうだとしたら、どうなる?」
「つまり『彼ら』は二月の放出以前に古酒を入手しており、機を見てそれらを順次放出したという事になる。であるならばだ、サルベージが昨年以前に遡ってもおかしくはないだろう」
オチを聞いた国務卿の数名が頭を抱えた。昨年にまで遡って調査すべきだと? どれだけの手間暇がかかると思っているのだ。
「……いや、待ってくれ。事前にサルベージ品を確保していたと言うなら、逆に四ヶ月もの時間が空いたのはなぜだ?」
一人が辛うじて反撃を試みるが――
「手始めに古酒を小出しにして、世間の様子を見ていたのだろう」
――あっさりと切り返されて沈黙した。
「続けるぞ? 我々が調べた限りでは、最初に『幽霊船』が確認されたのは五月になってからだ。つまり……『彼ら』が古酒を入手してから、最低でも三ヶ月の遅れがある。最前話したように、この間にもサルベージを続けていたとは考えられん。なら――『幽霊船』の出現は、時期を誤魔化すための陽動という事にならんかね?」
「「「「「う~む……」」」」」
この推論を認めるという事は、取りも直さず、昨年に遡って調査を拡充すべしという結論を受け容れる事になる。面倒な事この上無い。心情的には「否」と言いたいところであるが……国務卿としての立場からは、
「……考慮すべき指摘のようだ」
――としか言えないのであった。




