挿 話 エルフたちの物欲
今回は挿話です。クロウがホルンに売ったあれこれの後日談です。
クロウからドラゴンの骨製ナイフを入手してからおよそ一週間、ホルンは村人たちの態度に困惑していた。
明確な敵意や害意といったものは感じないが、男も女もちらちらとこちらを窺い、目が合うと慌てたようにそっぽを向く。何らかの隔意があるのは明らかだが、よそよそしいというのともまた違う。遠慮というのが近いだろうか。
村人の全てがこのような不審な態度を取っているわけではない。一部の男女はいつも通りホルンに接してくれる――その一方で、他の村人に対してはにやにやと僅かな優越感を示しているようだ。思案投げ首のホルンであったが、やがて態度の変わらない一派が、いずれもクロウの製作物を自分から買った者だと気がついた。
怪訝と得心、相半ばするような奇妙な表情を浮かべていたホルンに、一人の男がおずおずと話しかけた。
「な、なぁ、ホルン、こないだ持って来てくれたドラゴンのナイフなんだが、あれはもう手に入らんのか?」
さっきからの妙な態度はこれか。精霊使い様に譲って戴いたナイフは数が少ない上に高価だ。この間買わなかった、あるいは買えなかった者が、首尾よく手に入れた者からナイフの切れ味を聞いたんだろう。俺自身、あの切れ味には驚いた、と言うか感動したからな。
腑に落ちたホルンが内心で頷いていると、他の村人もぞろぞろと寄って来た。
「ゴートに少し触らせてもらったんだが、凄まじい切れ味だな」
「あぁ、ラーガの皮を簡単に切り裂いた。ロドンの身体にもほとんど抵抗なく突き通ったぞ」
「魔力の通りもいい。属性魔力を纏わせた時の切れ味ときたら、こたえられんぞ、あれは」
「あぁ、もうこのナイフは手放せんな」
ナイフの入手に成功した、あるいは借りて使ってみた者たちが、口々にその使い勝手を褒めそやす。納まらないのは入手し損ねた面々である。
「ホルン、もうあれは手に入らんのか?」
「金貨十枚、いや十五枚までなら出すぞ?」
「精霊術師殿に口を利いてもらえんか?」
どうしたものかと口を開こうとしたホルンであったが、今度は女性たちに割り込まれる。
「ねぇ、ホルン、ナイフはいいからあの水晶の丸玉は手に入らないの?」
「ミナがあの丸玉を細工してブローチにしていたんだけど、羨ましくなるほど素敵だったのよねぇ~」
「あの紅い丸玉ならあたしの髪によく映えると思うのよ~」
「ううん、緑の丸玉が欲しいわ。こないだ手に入れたスカーフにピッタリだもの。仕入れるなら絶対に緑よ」
「あらっ、あたしは薄黄色がほしいわ」
「えぇっ、薄紅色でしょ、やっぱり」
わいわいがやがやと姦しい女性たちがじわりじわりとホルンを追い詰めてゆく。水晶玉の入手に成功した女性たちは無言で――しかしその身を飾る丸玉を見せつけるようにして――遠巻きに見守っていた。
ナイフが欲しい男たちと水晶の丸玉を狙う女性たちに挟まれて逃げ場を失ったホルンは、幾ばくかの恐れを感じつつも、意を決して口を開いた。
「ちょ、ちょっと待ってくれ。先日、精霊使い様に呼ばれた時には、ただ手すさびに作ってみたからと言われて、購える範囲のものを譲って戴いただけだ。丸玉はまだ他にもあったが……」
ここまで話したところで、女性陣のきゃぁ~という歓声がホルンの言葉を遮った。一瞬毒気を抜かれたホルンであったが、今度は男たちが詰め寄って来た。
「で、ホルン、ナイフはまだあったのか?」
「どうなんだ?」
殺気すら滲ませて問い質す男たちに、何で自分がこんな目にと思いつつも律儀に答えるホルン。
「あ、あぁ、確か二、三本は残っていたと思う。丸玉と違って素材が素材だから追加で手に入るかどうかは判らんが……」
「待って、ホルン、石の丸玉はまだ手にはいるの!?」
「あ、いや、確信はないが、ドラゴンの骨とかに較べたら、入手は簡単じゃないのかなぁと……」
「おいっ、エリナ、石っころの事なんかで割り込むんじゃねぇ!」
「な~によ、バンザ、あんたなんかがドラゴンナイフを持っても、宝の持ち腐れでしょう?」
「何をっ! このアマ、黙っていりゃあつけ上がりやがって!」
醜い乱闘が勃発しそうになったところで、今度は長老勢が参戦する。
「それで、ホルン、ナイフと水晶玉以外のものはあったかの?」
「は、はぁ、尋常でない魔力と透明度の魔石の宝玉がありましたが……」
「魔石の宝玉となっ!?」
ホルンが解放されるのはまだまだ先の事のようである。
もう一話投稿します。




