第百九十九章 サルベージ怪説 7.モルファン~国務会議(その5)~
「『船喰み島』?」
この話は男も初耳だったと見えて、意外そうな声で聞き返した。
「あぁ、確かレンツの沖合だったと思う。ただ……」
「レンツはイスラファンの港町だ。〝南の海域〟という想定と食い違うな」
「と、すると……これは見当違いか?」
「……余計な事を言ってしまったようだな。すまん」
――クロウがこれを聞いていたら胸を撫で下ろしたであろうが、そう易々と問屋が卸さないのが世の常である。
「いや……待ってくれたまえ。……私としてもこんな話が飛び出てくるとは予想外だったんだが……その話は先程の話と繋がりそうだ」
「何?」
「どういう事かね?」
「サルベージの現場を隠したい理由だよ。二つ目に考えられるのは、その現場が明らかになって困る者がいる――という場合だ」
「……イスラファンが?」
全員が当惑したような表情を浮かべるが、件の男もその例に漏れていなかった。
「さっきも言ったように、これは私にも予想外だった。飽くまで想定されるケースの一つとして挙げるつもりだったんだが……」
「ふむ……」
「イスラファン……可能性は低いように思えるが……かと言って、無視はできんか」
「だが、レンツの沖合でサルベージなどやっていたら、隠し果せるのは難しくないか?」
「うむ……」
一同困惑の体であったが、
「機を見て人を派遣するしか無いだろう」
――というところへ落ち着いた。クロウにとっては青天の霹靂であろう。
「話を続けるが……さっき話題に上ったからには、こっちも話しておくべきだろう。〝他大陸のノンヒューム〟が関与している場合だ」
危険な香りのするワードが再登場した事に、一同思わず身を固くした。
「……〝他大陸のノンヒューム〟という可能性を受け容れるなら、〝サルベージ品〟という話そのものが欺瞞であった可能性が生じてくる」
「何だと!?」
そして――案の定、とんでもない話が飛び出てきた。
「他の大陸からやって来たノンヒュームたちが密かに上陸していたという話なのだぞ? 敢えてサルベージ品云々という話など持ち出さずとも、彼らが持ち込んだというだけで説明が付くだろう?」
「うぅむ……そう言われてみると……そうか……」
「……〝密かに上陸〟というと……これは……」
「そう、〝謎の異国人部隊〟という話とも、しっかり平仄が合うだろう?」
「古酒や革は、彼らが資金調達用に持ち込んだものか……」
「では……『幽霊船』と『サルベージ』という二つの虚像によって隠されていたのは……」
「『謎の異国人部隊』……いや、謎のノンヒューム部隊という訳か……」
いきなりスケールの大きくなったトンデモ話を聞かされて、頭を抱えている国務卿たち。
「まぁ、これもあくまで、〝そういう事も考えられる〟という程度の話だ。それより先を続けよう」
「何? まだあるのか?」
情け無さそうな声が随所で上がるが、
「この程度で泣き言を云ってもらっては困るな。だがまぁ、そう心配には及ばんよ。別に具体的な懸念がある訳ではなく、問題点を理論的に整理する過程で、飽くまで可能性として浮かび上がっただけのものだ」
男は気楽にそう言ってくれるが、他の面々は疑いの気配を隠そうともしない。その様子を見ていると、この男の前科が朧気に判るような気がする。察するにイラストリア王国におけるウォーレン卿に相当するような曲者ではないか。
「……一応、聞くだけ聞いておこう」
「何、簡単な話だよ。これまでの話は何れも『場所』を誤魔化す話だった。それ以外のケースとして、『時』を誤魔化そうとしている事もあり得るのではないかと思ってね」
「……『時』……?」
「それはどういう……?」
「だから簡単な話なのだよ。我々がこの件に気付いたのは今年の四月、砂糖菓子店の件でイラストリアに送り込んだ密偵が古酒の話を拾って来たのが発端だ。だが、古酒自体はそれ以前に充分な量が確保してあったと考えるべきだろう?」
「それは当然だ。だからこそ更に密偵を派遣して、古酒が二月に王家に献上された事を突き止めたのではないか」




