第百九十九章 サルベージ怪説 2.モルファン~国務会議(その1)~
カイトたちがシュライフェンでの状況に驚かされた四日後、モルファン王城内の一室でも、サルベージに関連した議論が為されていた――国務会議という形で。
「……港の水夫どもが少し騒がしいようだが……」
「あぁ、船を出せと騒いでいるようだな」
「沈没船など、そう簡単に見つかるものでもあるまいに……」
「いや、簡単に見つかる筈の無い〝沈没船の財宝〟とやらを、実際に見つけて引き上げた者がいるというのが、この騒ぎの発端だろう」
「それとて推測に過ぎんだろう……」
呆れたような口調で話している彼らは、北の大国モルファンの国務卿たちである。
「まぁ、有るか無いか定かでない財宝の事はいい。それよりも問題は」
「サルベージ船についての矛盾……だな?」
一人が口にした問題点を、居並ぶ国務卿たちが揃って首肯する。
「そうだ。下々の連中の妄想と狂奔はともかく、そこに至った筋道は無視できん」
「存在の不確かなサルベージ船か……」
彼らが問題にしているのもまた、〝古酒も革もサルベージ品だと言われているにも拘わらず、該当するサルベージ船が全く目撃されていない〟という矛盾点であった。さすがに大国モルファンの国務卿だけあって、そこから軽々しく「未発見の財宝」に飛び付くような真似はしなかったが、しかし矛盾の存在は無視できない。
「……巷で挙げられている解釈を順に検討してみるか。まず第一は、サルベージの噂自体が虚構である可能性だ」
「その場合、偽りを申し立てたのはエルフと獣人……所謂〝ノンヒューム〟という事になるな」
「うむ。これまでほとんど交流の無かった筈の〝亜人〟たちが一気に糾合された事も気懸かりだが……今はそれは措いておこう。問題は――彼らが揃って偽りを申し立てたとするなら、それは共通する目的のためだという事になる」
「確かに」
「うむ。ビールや砂糖菓子の件もあるし、それに相違あるまい」
「然り」
……初っ端から間違いである。
ビールや砂糖菓子は確かに対・テオドラム戦略の一環だが、古酒と革はそれとは無関係である。クロウが偶々手に入れた、それら扱いに困る品々の処分を、知人であるホルンたちに押し付けたというのが正しい。そこには大目的だの戦略などは、微塵も存在していない。同列に扱う事自体が間違っている。の・だ・が……
「市場に流した事自体は、恐らくは資金集めの必要からだろうが……」
「問題は出所を偽った事だな」
「あぁ。それとだが――〝誰を欺こうとした〟ものなのか、また、〝なぜサルベージ品と偽ったのか〟――という点にも目を向けた方が良いと思う」
……誤った前提からは、当然誤った疑問しか生まれない。
「ふむ?」
「と言うと?」
それでも大真面目に検討しなくてはならないのは、彼らが国務卿という職責にあるからであった。……間違いに気付いていないというのも大きいが。
「最初の疑問点だが……古酒も革もノンヒュームたちがイラストリアに提供したものだ。正確にはイラストリアの住民に――だがな」
「……ノンヒュームがイラストリアを欺こうとした可能性か……」
「確かに……これは問題だな。……ビールや砂糖菓子の件もあるし、ノンヒュームたちはイラストリアと協調姿勢を採っていたとばかり思っていたが……」
「いや……これは飽くまで可能性の一つだろう。ノンヒュームとイラストリアが組んで仕組んだとも考えられる訳だろう?」
「それと……ノンヒューム自身が騙されていた可能性もな」
「……ノンヒュームたちに古酒と革を提供した第三者がいる可能性か……」
予想外に広がった可能性に国務卿たちは困惑している。
……繰り返して言うが、大間違いである。
「まぁ、この点に関しては現段階では検証もできん。頭の隅に留めておくしかあるまい」
「そうだな」
この問題に関する限り、これ以上の迷走は避けられたようだ。しかし――
「次は、〝なぜサルベージ品と偽ったのか〟――という話だったな?」
――新たな迷走が始まる。




