第二十四章 ダンジョンゲート 4.予定外の金策
クロウがまたもや……。
エルギンの町を訪れるにあたって一応変装していたのだが、エルフの魔術師には通じなかったらしい。目を見開いてこっちを見ている……あぁ、そんな態度をとったら……ほら、獣人の男も気がついた。しかたない、こちらから先制しよう。
「やぁ、ホルンじゃないか。今日は人間の町で買い物かね」
気さくに話しかける一方で、口裏を合わせろとアイコンタクトしておく。殺気を込めたのに気づいたのか、青い顔をして話を合わせる。
「あ、ああ。そうだ。そっちは?」
「何、靴の予備が欲しくなってね。ついでに小銭でも稼いでおこうかと」
「ホルン、知り合いか?」
獣人の男はこちらを気にしたようだな。エルフが人間と気安く話しているんだから無理もないか。
「あ、ああ。知り合いで……(汗)」
「ラスという。これでも魔術師を志した事もあるんだ」
クロウと名のるのは拙いだろうから、烏のラスね。
「ああ、そ、そう、そうなんだ。人間だが、その、悪いやつじゃない。気にしないでくれ」
いや、ホルン、お前って腹芸の一つもできんのか。幸い獣人の男は気づいてないようだが……素直なんだな。
「そうか。おれはダイム。エドラの村から来た。人間……ラスだったか、ここには何か売るものを持ってきたのか?」
「と、言っても、お気に召しそうなものはないぞ? 女子供が喜びそうな水晶珠くらいだからな」
肩を竦めつつそう言って、俺は担いでいた雑嚢の口を開ける。水晶の丸玉を入れた小袋を引っ張り出すためだ。こぼれ落ちそうな場所に仕舞っておいたりはしない。俺は学習するんだよ。
……だけど、相手が雑嚢を覗き込むなんて、予想できた筈はないだろう?
「おまっ! これって、ドラゴ……むぐっ」
終いまで言わせず、俺はダイムという男の口を塞ぐ(ふさ)。いくら必死だったとは言え、よくも獣人の不意を衝けたものだ。
「静・か・に・な?」
(コクコク)
ダイムという男は必死で頷き、承知の意を示す。それを確かめて、俺は塞いでいた手を放す。ホルンは遠い目をしてあらぬ方を見ている。
『……またやっちゃいましたね、マスター』
『懲りないですぅ……』
いや、これって俺のせいなのか?
・・・・・・・・
人目につくのは拙いという事で場所を変え、俺たちは町外れの空き地に来ている。
「ドラゴンの革か。質もいい。どこで手に入れた?」
当然ダイムは上目遣いに聞いてくるが、馬鹿正直に答えるわけがない。
「申し訳ないが、さる筋から手に入れたとしか言えん。顧客の情報は明かせないのでね。気に入らないなら、別に買ってくれる必要はない」
突き放したように言うと、ダイムは慌てたように言い繕った。
「いや、済まん。余計な詮索はマナー違反だったな。判った、詮索はしない。この革を売ってもらえるか?」
さぁて、ドラゴンの革って、いくらなんだ? さっき見回った店には、ドラゴンの革なんて置いてなかったぞ。ホルンの時には、ドラゴンの骨製のナイフが金貨五枚から十枚だったな。少し考える時間を稼ぐか……。
「その前に、ダイムはこの革を何に使うつもりだ? 戦支度に使うというなら、金を積まれても売る事はできんぞ?」
探るように言ってみると、ダイムは一瞬体を硬くした。ビンゴか?
「……確かに俺たちの村では、いや、他の村でも、人間たちへの反感が募っている。しかし、この町のように、俺たち獣人にも分け隔て無く接してくれる人間たちもいる。闇雲に人間全体を敵に回すつもりはない。これは獣人全体の総意だ。俺がドラゴンの革で作りたいのは防具、身を守るための道具だ。それを戦支度と言われては返す言葉もないが……」
ふむ。やはり人間への反感があるか。まぁ、それは仕方ないだろう。俺の問いに誠実に答えた事で、このダイムという男の値踏みは済んだ。ちらりとホルンに目で問うと、ホルンも黙って頷き返した。悪い男じゃないんだろう。
「……いいだろう。売ってもいいが、値段はそちらで付けてもらおう。疵の少ないドラゴンの革。一体いかほどの値を付ける?」
どう考えても適正価格なんか判らん。相手の良識に任せよう。
ホルンの時同様にダイムも悩んだ。革を広げては矯めつ眇めつ検分し、腕を組んでは悩んでいる。見本のつもりで毛布半分程度しか持って来なかったからな。そう高い値はつかないだろう。ナイフの時と違って製品でなく素材だし。
「済まないが金貨十枚。それが限度だ」
あの量では一人分の防具を作るのが精々だろう。仮に防具と武器の値段が釣り合っているとして、ドラゴンの防具に対応するのは上等の剣、金貨二十枚程か。材料費を売値の三十パーセントから五十パーセントとすると、金貨六枚から十枚程になるか。随分高めに買ったな。一応ホルンに目で尋ねると、今度も黙って頷いている。
「いいのか? その値では儲けが少ないだろうに」
そう言うと、ダイムはにやりと笑って答えた。
「ドラゴンの革なら買い手に困る事はない。儲けはそれで充分だし、何より俺の修行になる」
こういう答えは嫌いじゃない。
納得しあって取り引きを済ませると、ダイムがいかにもさり気なくと言った様子で聞いてきた――全然成功していなかったけどね。
「あぁ、ドラゴンの革はまだあるのか?」
「手持ちはこれだけだ。再度入荷するかどうかは顧客の都合次第だな」
そう簡単に市場に流すわけにはいかないんだよ。
これで本章は終わりになります。




