第百九十八章 革騒動~第二幕~ 13.イラストリア(その3)
「……マナステラだけでなく沿岸諸国までがノンヒュームとの仲介を依頼してきたって事ぁ……」
「最早〝知らん顔の半兵衛〟を決め込めるような事態ではなくなったという事だ」
「マナステラの持ち出した条件は無視するには惜しいし、沿岸諸国を敵に廻しては面倒な事になるからの」
「退路は塞がれたって訳ですかぃ。けど、実際問題としてどうするってんで? こちとらにしたってノンヒュームの連中との伝手なんざ……あるんですかぃ?」
疑わしげな目を向けるローバー将軍であったが、
「ある訳が無かろう……エルギンを別にすれば」
――斯くして、エルギン男爵オットー・ホルベック卿の身に、再び難題が降りかかる事が決定……
「いや――待って下さい。確か火種の一つになっている『幻の革』は、バンクスの商人が一手に引き受けている筈ですよね? そして、その商人にはローバー軍務卿代理が話を通しているのでは?」
……しかけたところで、何を思ったかウォーレン卿が口を出す。
ローバーという部分が妙にアクセントを付けて発音されたような気がして不安を感じたローバー将軍が、
「いや、そこの親爺の話じゃ、次回入荷の目処は立ってねぇんだろ? 今回の交渉カードに使うにゃ、ちょいと不確かなんじゃねぇか?」
自分が巻き込まれる可能性を少しでも減らすべく、牽制の一打を放つ。しかし、
「とは言っても、使えるカードには違いありませんから、これを無視する訳にもいきません。それに……こう言っては何ですが、火種の一つは『幻の革』の入荷に制限があると、他国の商人が誤解したのが発端ですから」
――何やら微妙な事を言い出した。
「……誤解じゃと?」
「えぇ。ローバー軍務卿代理の行動は、数が限られているであろう『幻の革』が投資や蒐集の対象となって、正当な流通が滞る事を懸念したものであって、我が国による独占を狙ったものではありません。その点を確と宣言し、誤解の無いようにしておく事が肝要かと」
確かにそれはそのとおりであるが、敢えてこの場で強調する必要がどこに……と、一同が訝っていた中、正解に辿り着いたのはマルシング外務卿であった。
「……手持ちの革を提供して場を繋ぐと?」
「えぇ。少なくともマナステラに対しては、早めに動いた方が好いのでは? 彼の国の様子を案じるに、あまりノンビリとはしていられないような不安がありますし」
「うむ……悪い手ではないな」
「ノンヒュームたちと繋ぎを付けるには、相応の時間が必要でしょう。それまでの鎮静剤代わりにと考えた次第ですが?」
確かに、手持ちの「革」を少し融通するだけで隣国の平穏が買えるというなら、これは悪い手ではないだろう。幸か不幸か、ローバー軍務卿代理が在庫を根刮ぎにしてくれたお蔭で、それなりの数が手許にあるのだ。……尤も、「幻の革」を根刮ぎにしたせいで、マナステラや沿岸諸国から目を付けられる事になったのも事実であるが。
「……その場合、沿岸諸国が不平を言い出す可能性があるが?」
革の在庫は充分なのかと言いたげな宰相に、
「気にする必要はありません。仮にもマナステラは一国。一国が一国に友好の徴を贈る事に、何の憚るところもありません。と同時に、一国が民間組織に過ぎぬ商業ギルドを、一国と同格に遇する必然性はどこにもありません」
先にマナステラに贈る事で、「幻の革」の格付けを済ませてしまえというのである。確かにこれなら、欲深な商業ギルドも配分を要求するのを躊躇うだろう。
マナステラに恩を売ると同時に、口喧しそうな商業ギルドの要求を封じる一手であった。「次回の入荷」とやらがいつになるかは判らぬが、それまで騒ぎを抑える一助にはなるだろう。
「……時間稼ぎはそれでいいとして、本命のノンヒュームについちゃあどうするんで?」
ウォーレン卿の指摘によって、エルギンのホルベック卿に「ノンヒューム連絡会議」との伝手を頼むと同時に、バンクスのパーリブに「幻の革」の入荷という伝手を辿らせる事が暫定的に決まった。それ以外では……
「……冷蔵箱に関連しての、酒造ギルドの伝手がありましたね。こちらもかなり心細いですが、それでも手繰らせるに如くは無いでしょう。あとは……『学院』に勤務するエルフやドワーフを介して、話を通じる事ができないでしょうか」
「……ありったけの伝手を総浚えって感じだな」
「この際ですから、使えるものは何でも使わないと」
「ウォーレン卿の言うとおりであるな。可能な限りの伝手を辿って、ノンヒュームたちと意を通ずるよう取り計らわねばなるまい」
「で……何を対価に、何を依頼するってんで?」
本日21時から新年4日にかけて、短めの新作を投稿します。今までとは少し毛色の変わった作品になりますが、宜しければご一読下さい。




