第百九十八章 革騒動~第二幕~ 12.イラストリア(その2)
「実はな……マナステラからの要請に続いて、沿岸国からも似たような話が持ち込まれておる」
「沿岸国? ……具体的にはどこなんで?」
ローバー将軍のこの質問は如何にも妥当なものであったが、
「全部じゃ」
「……はぁ?」
――それに対する宰相の返答は、少しも妥当なものではなかった。
「具体的にと言うならば、イスラファン・アムルファン・ヴォルダバン、ついでにモルファンであるな」
「……沿岸諸国が揃い踏みじゃありませんかぃ……」
「じゃから、そう言うたであろうが」
人の英知も魔力も遠く及ばぬ「海」を相手としているという連帯感の故か、沿岸諸国の結束は押し並べて固い。そんな相手が一致団結してこちらに文句を言って来ているというのなら、これは国防上からも無視できぬ案件である。殊に、北の大国モルファンまでが一枚噛んでいるとなると、これは甚だ面倒な事になる……
――と、ローバー将軍とウォーレン卿が眉間に皺を刻んだところへ、
「……尤も、連名で申し立てて来たにしては、腰が低いのじゃがな」
「「――は?」」
――二人して宰相の言葉に拍子抜けさせられる事となった。
「……腰が低い?」
「説明しちゃあもらえませんかね?」
「うむ。第一にじゃ、此度の苦情を持ち込んだのは各国の商業ギルドであって、国そのものではない」
「はぁ……」
「第二に、彼奴めらの言い分は、〝ノンヒュームの船が沖合で活動しているようだが、自分たちはその活動域を知らぬ。かかる状況の下では、不測不意の邂逅が好ましからざる突発事態を招きかねぬ。然様な不幸を避けるためにも、彼らの活動域か往復の航路を教えてもらいたい。それが叶わなくば、せめてノンヒュームへの取り次ぎを頼みたい〟――というものでな」
「……要は稼ぎ場を教えろってんでしょう? それのどこが〝腰が低い〟んで?」
「確かに、一見強請めいてはおるが――要求の前半が叶わぬ事くらい、彼奴らも見越しておろうよ。本音は後半……ノンヒュームへの取り次ぎを頼みたいという部分であろう。そう考えると、腰が低いというのも間違ってはおるまい?」
「はぁ……そういうもんですかねぇ……」
「ま、その辺りは使者の声音や顔付きにも表れておったでの。文言だけからは判らぬ部分も確かにあったな」
「はぁ……」
そう、低姿勢――
つい先日にはイスラファンの商業ギルドでザイフェルが怪気炎を吐き、沿岸諸国の商業ギルドを糾合して、同じ内容でいちゃもんを付けるべく動いていた筈である。それが一転して低姿勢になったのはなぜかというと……実はマナステラのせいであった。
ザイフェルの提言を容れて、沿岸諸国の商業ギルドにノンヒュームのサルベージに関する情報を流し、各国商業ギルドがスクラムを組んで――なぜかモルファンはあまり乗り気ではなかったが――イラストリアに交渉を――やや高飛車に――吹っ掛けようとしていた矢先に……そんな裏事情を知らないマナステラが、ノンヒュームたちとの仲介をイラストリアに、それも友好的な条件を出した上で、依頼したのである。
モルファンからの報せによってその事を知った商業ギルドは、当然の事ながら狼狽した。各国商業ギルドの意思統一に時間を取られたがゆえに後手に廻った訳だが、理由はどうあれマナステラに後れを取った――だけでなく、こちらの動きに水を差された――事になったのが如何にも拙い。
マナステラという「国」が、イラストリアに礼を以てノンヒュームとの仲介を依頼したその後で、沿岸諸国の「商業ギルド」が、居丈高にノンヒュームとの仲介を強請する。
……外聞が非常に宜しくない。
客商売の商業ギルドにとって、この手の悪評は下手をすると命取りにもなりかねない。況して彼らが属する沿岸諸国は、海外との交易で得た物品を内陸諸国に販売する事で歳入を得ているのだ。下部組織である商業ギルドの跳ねっ返りが国策に悪影響を及ぼすような事態を、座して見ている筈が無い。
斯くの如き裏事情によって沿岸諸国の商業ギルド連合は、文言は同じながら低姿勢でイラストリアに――要求ではなく――請願を出すという流れに相成ったのである。
ザイフェル老などは時間をかけ過ぎたと嘆いたそうだが、もしも拙速を尊んだ挙げ句にイスラファンの商業ギルド単独で高飛車な要求を出していたら、イスラファンだけが悪者扱いされる結果に終わったであろうから、寧ろこれは僥倖とも言えるであろう。
ちなみに、沿岸諸国がこうも完璧に後手に廻ったのは、マナステラの行動が迅速であった事による。何かトラウマでもあったのか、マナステラは〝思い立ったが吉日〟とばかりに、提案があったその日のうちに件の方針を王家に献策、その場で決裁を受けるやいなや、流れるようにイラストリアへの使節派遣を決めたのである。諜報活動の入り込む余地など無かった。モルファンの間諜がこの事実を嗅ぎ出せたのは、まさに殊勲と言ってよかった。お蔭で沿岸諸国は盛大なドジを踏むのを間一髪で回避できたのである。
――と、そんな裏事情はさて措いて、




