第百九十八章 革騒動~第二幕~ 9.イスラファン~商人たち~(その3)
「……第二……」
「正直言って、もう腹一杯なんですがな……」
「諦めろ。今までは過去の話だったが、次はある意味でこれからの話だ」
我々にとってはこっちの方がより重要だろうと言うザイフェルに、他の面々は憮然としつつも頷くしか無い。
「……それでは……第二の問題点は、我らを始めとする沿岸諸国が、一切関与できなかった事だ」
今回の件はノンヒュームからイラストリアへと、謂わば沿岸諸国の頭越しに取引された訳である。ザイフェルたち沿岸国の商人としては、面白かろう筈が無い。
「問題は……これが今回限りの事なのか、それとも今後も続くのか――という事だ」
「今後も……」
「イラストリアが沿岸諸国を無視して、直接にノンヒュームと……或いは、ノンヒュームを介して海外と貿易する事を企てている……そういう話ですかな?」
「有り得ない話ではないだろう?」
うむむと一同眉根を寄せたところで、その考えに疑念を呈した者がいた。
「……いや、待ってくれザイフェル老。この会合の冒頭にも出てきたが、イラストリアが今回の一件の絵を描いたとは考えにくい。どちらかと言えば、ノンヒュームたちの奔放な動きに引き摺り廻されているように思えるんだが?」
疑義を呈したのはラージンであった。
「ラージンか……。確かにそういう気配は感じられるし、ひょっとしたらノンヒュームたちが中心となって画策した事なのかもしれん。ただ……我らの立場を考えてみろ。ノンヒュームたちに伝手を持っている者がいるか? ……いないと言うなら、我々が交渉する相手はイラストリア王国にならざるを得んだろう」
こう言われれば、ラージンにも話の行き先が判る。
「……イラストリアの陰謀だと言い募って交渉の場に臨むべき……そう仰るのか?」
「と言うか、他に話の持って行きようがあるか? 穏便な伝手が無い以上、いちゃもんを付ける事でしか、話を持って行けんだろうが」
何とまぁ……強かというか悪辣というか、クレームを付ける事でイラストリアを対話の席に引き摺り出そうという戦術であった。とにかく対話の席さえ設けてしまえばこっちのもの、後でこちらの失態を詫びるなり何なりすればいい。
……虫の良い話に思えるが、それ以外に手の打ちようが無いというのが、沿岸諸国商人たちの現況なのであった。
「しかし……イラストリアがどこの誰と結ぼうと、それを我らが咎める事はできんだろう?」
「無論だとも。しかし問題は、我らの知らぬ航路を使っている船がいるという点にある。不幸な事故を避けるためにも、ノンヒュームたちが使っている航路を教えてもらえないだろうか……そう話を持って行けば、どうだ?」
ジロリと周りを見廻すザイフェル。すっかり悪役が板に付いている。
「うむ……成る程……」
「いや待て、航路はノンヒュームたちが勝手に決めている事で、自分たちがどうこう言えるものではない――と突っぱねられたらどうするおつもりか?」
「その時こそ、ノンヒュームたちとの仲立ちを頼めばいい」
「それが本命ですか……」
呆れたような声が商人たちの間から上がるが、
「しかし、それもこれもイラストリアが対話の席に出て来てくれての話よ。黙殺されてしまえばどうにもならん」
「ですが……イラストリアとて沿岸国を敵に廻す愚は承知している筈。よもや無視するとも思えませんが?」
「沿岸国が相手ならな。だが……ここにいるのはイスラファンの商人だけだ」
――そこまで言われれば、ザイフェルが懸念している事も察しが付く。
「……イスラファン一国では弱い、と?」
「確実を期すためには、沿岸諸国の商業ギルドの総意という形で、イラストリア王国に交渉を持ちかけるしかあるまい。……非常に気は進まんが、な」
「……つまり……」
「つまり、この件に関する情報を、他国の商人にも流す必要がある。そういう事だ」
苦々しい表情を隠そうともせずに、ザイフェル老が答えを返した。




